学校って、必要なの?
324431 『生きるための論語』からAL型授業の本質を学ぶ
 
鎌田華菜 ( 23 ) 17/02/20 PM08 【印刷用へ
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私たちは、なぜ、アクティブラーニング型授業や反転授業を行うのでしょうか?

「知識基盤型社会に必要な21世紀スキルを身につけるため」という説明がされることもありますが、私は、この説明に違和感を感じます。

私が、問い直したいのは、学力テストによる序列化、社会的地位による序列化を外発的動機付けに使われることで学習回路が阻害されてしまうという仕組みです。

そのように条件つけられた環境の下では、生徒は、疑問を感じたり、深く考えることを止め、丸暗記したり、反復練習したりする方が、短期間で高得点を取れるということを学んでいくのです。

この学習回路が阻害される仕組みを維持したまま、「21世紀スキル」を移植しても、それが、新たな序列化の要素になるだけです。

どのようにすれば、生徒が自分で考え、主体的に学ぶような環境を作ることができるのか?

そのような環境において、教師の果たす役割は何か?

自分で考え、主体的に学ぶ生徒たちが増えたとき、組織や社会はどうなっていくのか?

そんな問いを心に抱いて、活動をしてきましたが、この問いに対して、大きなヒントになる書籍と出会いました。

それが、安冨渉著 『生きるための論語』です。


■君子は周辺の小人を感化して学習回路を開く

私自身には、論語を読み解ける素養がないので、以下のことは、安冨さんの論語解釈を読んで、そこから感じたことであることを、最初にお断りしておきます。

安冨さんは、論語における「学習」を、次のように解読します。


>「学」という段階では、受け取ったものが何なのか、学ぶ者にはまだ意識化されていない。より正確に言えば、細部に意識が集中してしまうことによって、全体が無意識化されてしまっている。ここには余計なものが染みこんでおり、この行為によって魂は多かれ少なかれ、呪縛されている。

>それがある時、「習」によって完全に身体化される。すなわち、細部が身体化され、無意識化されることによって、逆に全体が意識化され、「ああこれか」と分かるのである。そうなることによって、不必要なもの、余計なものは排除される。こうして呪縛から抜け出したときに、人は学んだことを自由に駆使できるようになり、喜びを感じる。


私が、今の教育システムに対して感じている違和感は、安冨さんの言葉を借りると、「学」により魂が呪縛された状態を生み出すことに重点が置かれ、「習」により呪縛から抜け出して、無駄なものを自ら選んで捨てることで主体性を確立することがおろそかになっているのではないかということになります。

では、「学」と「習」とが十分に作動するためには、どのような構えであれば良いのでしょうか?

安冨さんは、それを、君子と小人の対比によって説明します。


>君子:学習回路が開いている人。自分を常にモニタリングして、人の言うことに耳を傾け、自分の間違いに気づいたら、直ちに受け入れ、更に自分の行動を改める。

>小人:学習回路が閉じている人。自分の過失を認めてしまうと、全人格を否定されたように感じるため、言い訳をし、行動を修正できない。


君子の在り方は、経験学習サイクルを回すことが身についている人の在り方に似ていると感じました。

自分の行動を真摯に振り返り、間違いに気づいたら直ちに修正していくという在り方が君子なら、学習者が経験学習サイクルを回せるように支援していくアクティブラーニングは、いわば、「君子を育てる教育」なのではないでしょうか。

しかし、人間は、周りの影響で君子にも小人にもなり得る存在だと思います。小人の在り方をしている人は、どのようにして君子へと変わっていくのでしょうか?

それに対して、安冨さんは、次のように述べます。


>君子がいれば、周辺の小人は感化されて学習回路を開く。


この言葉は、私たちが対話を重ねる中で出会った「LearningがLearningを促す」「学び続ける教師が、生徒の主体的な学びを促す」という言葉と重なるものだと思います。

教師が君子として振る舞い、教室の生徒たちの学習回路を開き、生徒たちを君子へと導いていくというのが、私たちの目指すアクティブラーニングや反転授業だと考えると、すっと腹落ちする感覚がありました。
  
 実際、反転授業の研究の活動を通して出会った、小林昭文さん、下町壽男さん、和田美千代さん、江藤由布さんなどアクティブラーニングのトップランナーたちは、常に学び続けながら、自分の心と繋がった率直な言葉を発信しています。そして、その在り方に周りが感化されて、学習回路が回り、変容の連鎖が起こっています。
 
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