もはや学校は終っている
324280 フィンランドの教育哲学〜少ない方がいい〜そのB
 
takigawa hayami ( 大阪市 ) 17/02/14 PM09 【印刷用へ
324279の続き

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 4. 先生の数をより少なくする = 一貫性を高め、生徒の世話をする

フィンランドの小学生は多くの場合小学校の6年間を同一の先生の下で過ごす。そう、6年間!同じ先生が一群の小学生を6年間継続して面倒を見、彼らを育み、教育するのだ。6年間を一貫して15人から20人程の生徒と一緒に過ごし、先生は個々の生徒が必要とする授業内容や個々の生徒の学習様式を詳しく見定めることができる。先生方は個々の生徒がどのような履歴を辿って来たのか、そして、今後は何処へ向かって行くのかについても良く分かっている。子供たちが辿って来た進歩の跡を追跡し、彼らが成功を収め、目標を達成する様子を確かめることに先生方は個人的な関心を注ぎこむ。

自分自身が次の年も同じ子供たちの面倒を見ることになるので、次の先生に「責任を転嫁する」ことなんて不可能だ。もしも躾や行動様式に問題があれば、先生はそれが小さな芽のうちにそれを摘み取ってしまうのがいい。さもなければ、これからの6年間をかけてその問題点と向き合うことになる。(フィンランドではいくつかの学校は6年間ではなく3年間で先生が変わる場合があるが、フィンランド方式の利点は依然として同じだ。)

この制度は一貫性をもたらし、個々の子供が必要とする世話や個別の心遣いを可能とすることから子供たちにとって有用であるばかりではなく、先生は子供の履修科目を歴史的に、途切れもなく理解することができるので先生側にとっても極めて有用である。先生は子供たちを次のレベルへ導くためには何を必要としているのかを良く知ることができる。その一方、先生には個々の生徒たちのペースで授業を進める自由も与えられる。先生たちは翌年の別の先生のために「準備する」べく授業の進度を早めてみたり、遅くしてみるといった圧力は感じないで済むのだ。

もう一度繰り返して言うが、先生は翌年も同じ子供たちの面倒を見ることから、自分が教える教科については全面的に自分のコントロール下に置くことができる!先生たちは子供らが今どの辺りに居るのか、子供たちがすでに学んだ内容は良く分かっており、生徒たちのニーズにしたがって将来の計画を立てることができるのだ!これはフィンランド式教育が成功を収めている理由の中でも非常に大きなものだと私は考える。しかしながら、この成功物語はそれに相応しいだけの関心を受けているわけではない。

5. 先生を志望する申請者のうちで受理される数はより少なくする = 先生に対する信頼をより高める

ところで、子供たちは3年間あるいは6年間継続して同一の先生から指導を受ける。もしもあなたの子供が「できの悪い先生」にぶつかったとしたらどうするか?フィンランド政府は「できの悪い先生」を根絶することに真剣に注力している。小学校の教師になるのはフィンランドではもっとも競争が激しい分野である。フィンランドの小学校教育部門は全申請者の10パーセントだけを採用し、何千人もの残りの学生は却下される。小学校の教師になるためには、申請者はクラスでトップの成績を収め、特に優れた頭脳を持っている必要はない。採用となるには彼らは一連の面接や人格に関する適正審査に合格しなければならない。つまり、クラスで一番であることだけでは必ずしも十分ではなく、小学校教師として合格するには持って生まれた才能や子供を教えることに執着心を持っていなければならない。

フィンランド人は教える能力は勉強することによって獲得することができるとは思ってはいない。それは持って生まれた才能と情熱である。ある人は持ってはいるが、ある人は持ってはいない。フィンランドでは教員養成課程をもった大学は多くはなく、これらの大学はそのような才能を持った学生だけを受け入れる。優秀な成績や先生になれる持って生まれた資質に加えて、先生は誰もが修士論文を書き、修士号を取得しなければならない。これがフィンランドの先生に対する信頼や自信を高めるているのだ。親たちは先生が高い資格を有しており、十分な教育訓練を受け、それぞれが極めて有能であると信じている。

彼らは先生の権威や決断を干渉したり、侵害しようとはしない。私は「皆さんは生徒の親御さんから電子メールを何回位受け取りますか?」と数学の先生に聞いてみた。彼らは肩をすぼめて、返答してくれた。「5回か6回程度」と。「おや、私も一日にそれと同じ位の電子メールを受け取っていますよ」と私は言った。すると、彼らはさらにこう付け加えた。「いや、そうじゃなくて、一学期あたりに5通か6通!」 ここでも言っておきたいのだが、信頼と尊敬の念に根ざした社会で生活することっていったいどんな感じだろうか?

=====続きます
 
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