素晴らしい医薬品があっても製薬業界の利害が絡めばなかなか日の目をみることは少ないのが今の実情だ。
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現代ビジネスより
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せめて副作用のない抗がん剤があったら……。多くのがん患者の願いにこたえるように、そんな抗がん剤が誕生した。
「P-THP」といって、開発者は前田浩教授(熊本大学名誉教授・崇城大学DDS研究所特任教授)である。2011年には優れた研究者に与えられる「吉田富三賞」を受賞し、2015年のノーベル賞候補と目された人物だ。
実際にこのP-THPで治療を受けた患者を紹介する。
瀬山治彦さんは61歳の大学教授。ある日、突然研究室で倒れた。寝たら治ると思っていたが、妻に言われて同級生がやっている泌尿器科を訪ねところ、前立腺がんの腫瘍マーカー(PSA)が異常に高く、CTなどで調べるとすでに肺、肝臓、骨に転院していて末期だった。
セカンドオピニオンを聞こうと、別の同級生の医師を訪ねると、「もって3ヵ月」と宣告される。ところが、ここでP-THPの存在を知った。
早速2週間に1回のサイクルで投与を受け、並行して陽子線の照射も受けた。「全身がん」の状態だから治るはずがないと思われたのに、なんと数ヵ月でPSAが正常値になり、1年後には肺などの転移が消え、1年半後には骨転移も消失して「寛解」を告げられた。
瀬山さんのPSA数値
寛解というのは不思議な言葉で、本来ならがんが消えたのだから「完治」というべきところを、がんは完全に治せないという考えから、症状が一時的に消えたという意味で「寛解」という言葉が使われる。ただし、治る可能性があるのは寛解だけである。
瀬山さんに新しい抗がん剤を受けた感想を訊くとこう言った。
「さあ、これといった副作用は記憶にないし、末期がんの治療を受けたという実感がないんです。大学の講義は1日も休まなかったし、フィールドワークもやりました。なんだか騙されたみたいです」
前立腺がんと診断されてから約3年半経ったが、瀬山さんは今も元気に大学へ通っている。
もう1人紹介する。野口美子さんという40代の女性だ。たまたま検診を受けたら胃がんが分かった。腫瘍マーカーは正常だったが、リンパ節だけでなく、右肺にも左肺にも転移していて、余命は1年未満と告げられた。
どういうわけか、このP-THPは前立腺がんや乳がん、卵巣がんのようなホルモン依存性がんに著しい効果がある一方で、胃がんに対してはそれほどでもない。ただ縮小することが多い。
そこで、原発の胃がんが縮小したときに外科手術で切除し、肺に転移した腫瘍は冷凍療法といって、腫瘍を凍らせて破壊した。こうした併用療法ができるのもP-THPの特色だろう。リンパ節に転移した腫瘍はP-THPでほぼ消え、2年経った現在、野口さんは寛解の状態を維持している。
(中略)
実は、P-THPに使われているピラルビシンは、特許が切れた古い抗がん剤である。P-THPのPはポリマーで、THPはピラルビシン。つまり、ピラルビシンに、高分子のポリマーをくっつけたという意味だ。
簡単にいえば、P-THPとはこれだけである。たったこれだけで、在来型の抗がん剤とすっかり変わってしまったのだ。
このP-THPが、「魔法の弾丸」のように腫瘍に届くまでには、図のようなステップ(主に三段階)がある。
第1のステップは、腫瘍にだけ集まることだ。
腫瘍にも血管があって、やはり正常な血管のように隙間があるのだが、正常血管の隙間をバレーボール大とすれば、腫瘍の血管は25メートルプールほどもある。それなら、ピラルビシンを自動車ぐらいの大きさにすれば、正常な血管からは漏れなくなるはずだ。
この自動車ぐらいの大きさにするのが、ポリマーなのである。こうすると、体の中をぐるぐる回っているうちに、巨大な穴が開いている腫瘍の血管から漏れていくので、結果的に腫瘍だけに集まる。同時に、他の組織には漏れないから副作用がない。
第2のステップは、腫瘍血管から漏れたら、薬剤がポリマーから離れなければならない。
ピラルビシンとポリマーをつないでいる紐は、酸性になると切れるようになっていて、腫瘍の周辺は、腫瘍の廃棄物で酸性の海になっているので簡単に切れるのだ。
第3のステップが難題で、ポリマーから離れたピラルビシンが、腫瘍の内部に取り込まれないといけない。
がん細胞は常に分裂しているから、大量のエネルギーを必要とする。そのために、トランスポーターという細胞を使って、ポンプで汲み上げるように外部のブドウ糖を取り込んでいる。
実はピラルビシンには、ブドウ糖に似た分子がくっついていて、がん細胞はピラルビシンをブドウ糖と勘違いして内部に取り込んでしまうのである。他の抗がん剤でうまくいかないのは、このブドウ糖様分子がないからだ。
実験では、通常の抗がん剤と比較すると、腫瘍の内部にその数百倍もの薬剤が取り込まれている。まるでトロイの木馬のように入り込んでがん組織を攻撃するのがP-THPなのだ。
分子生物学の権威であるアメリカのロバート・ワインバーグ博士によれば、転移していないがんで死亡するのは約10%、残りの90%は転移したがんで死んでいるという。つまり、抗がん剤は転移したがんに効かなければ治せないということだ。
従来の抗がん剤は転移したがんには効かなかったが、P-THPは先に述べた3つのステップで転移したがん細胞にも薬剤が届くのである。
発見というのは、あとで振り返ってみたら、あまりにも単純すぎて驚くことがよくある。ピラルビシンという古い抗がん剤にポリマーをくっつけただけなのに、従来の抗がん剤とは違う、まったく新しい抗がん剤が誕生したのである。
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