日本を守るのに、右も左もない
322978 会社は経営者も含めた社員のものという日本的価値こそが、社会再生の鍵2
 
本田真吾 HP ( 壮年 香川 建築家 ) 16/12/30 PM09 【印刷用へ
生涯ただの一度も社員に『金を儲けろ』とは言わなかった出光興産の創業者。会社は、ひとつの家族。地域も家族。国家も家族。それが日本流の考え方を実践してきた。

企業は、資本家と労働者との対立の場であるとする金貸しの観念では、経営者が(CEO)と称して巨利を得、景気が悪くなると生産調整と称して簡単にクビを切る。

しかし、日本人にとって、会社は「家族」であり、この価値こそが、社会再生の鍵になる。 
 ////////////////////////////////////////////////////////////////
リンク
(中略)
待望の石油事業に復帰する機会は、意外に早く訪れました。
GHQ(占領軍本部)が、旧海軍のタンクの底に残った油を処理し活用せよ」と指令を発したのです。

それは、タンクの底に入って油を汲み取る作業でした。
タンク内にはガスが充満し、窒息や中毒の危険がありました。
爆発の危険もあります。
普通なら誰もが請けない仕事です。
誰も請けない仕事だから、日本人にオハチが回ってきたのです。

佐三氏は「これで石油界に復帰する手がかりができた」と喜びました。
全社員を動員してタンクの底さらえ作業を開始します。

廃油にまみれ、泥まみれになり、鼻腔をつくがまんならない悪臭だけでなく、中には手足がただれる者も出ました。
たいへんな作業なのです。
しかし誰もねをあげませんでした。
「俺たちは石油屋だ、
 油の扱いは俺たちの仕事だ」
という誇りに満ちていたのです。

「底さらえ」作業は、約1年半に及びました。
そして出光興産は、廃油2万キロリットルの汲み取りに成功しました。

このときの丁寧な仕事ぶりはGHQと、その背後にいる米国石油メジャーに強烈な印象を残しました。
これが、後に正式に石油界に復帰する足がかりとなり、出光蘇生の原点となっていくのです。
いまでも「タンク底にかえれ」は出光興産の合言葉です。

昭和28(1952)年3月のことです。
この時期、イランは英国資本の油田を強制的に摂取して国有化したため、英国と国交断絶状態になっていました。
英国海軍は報復のため、ペルシャ湾を航行するタンカーを監視し、イランから石油を積み出そうとするタンカーを拿捕しようとしていました。

このことは、イランにとっても、肝心の石油を売ることができないという、むつかしい状況を招いてもいました。
「いまイランに行って石油を積み出せば、
 石油を安く仕入れることができ、
 さらにイランと日本の国交を切り開くことができる。」
佐三氏は、当時出光興産が所有していたただ一艘のタンカー「日章丸二世」に密命を与えました。

「日章丸二世」が向かう先は、サウジアラビアということにしました。
しかし船長と機関長の2名だけが、実はイランに向かうと知っています。
成功すれば、一艘の積荷で、二億円の儲けです。
けれどタンカーが拿捕されて失敗すれば、4〜5千万の赤字となります。
そして出光興産は倒産します。

日本は、この前年に占領から独立したばかりです。
その日本が、連合国の一員である英国の横面を張り倒す行動に出るのです。

神戸を出航した「日章丸二世」は、18日後、ひそかにイラクのアバダンに入港しました。
英国の監視下にあった港に入港したのです。
このニュースは、まさに世界のトップニュースを飾りました。

そして世界中が注目する中、イランの石油を満載した日章丸は、夜陰にまぎれ、他船との交信さえも一切止めて、ひそかにペルシャ湾を抜け出しました。
そしてインド洋を横断し、約一カ月かけて、無事、川崎に入港しました。

このニュースは、占領に打ちひしがれていた当時の日本人の心を奮い立たせました。
そして、世界に日本の海運技術の凄味を見せつけました。
また、イランと日本の信頼関係の絆を深めました。
これに対し、英国アングロイラニアン社が「待った」をかけます。
積荷の石油は、英国のものであるというのです。
そして東京地方裁判所に提訴しました。

裁判のとき、佐三は東京地方裁判所民事九部北村良一裁判長に次のように述べています。
「この問題は国際紛争を起こしております。
 私としては、日本国民の一人として、
 俯仰天地に愧じない行動をもって終始することを、
 裁判長にお誓いいたします」

日本人、ここにあり!です。

昭和56(1981)年、95歳で出光佐三氏は人生の幕を下ろしました。

彼を支え続けた側近の一人石田正實は、安らかに眠る佐三の横顔を見ながら、
「この人は、
 生涯ただの一度も
 私に
 『金を儲けろ』とは
 言わなんだ。
 40年を越える長い付き合いだったのに……」
と呟いて落涙したそうです。
あとは言葉になりませんでした。
会社は、ひとつの家族。地域も家族。国家も家族。それが日本流の考え方です。

企業は、資本家(無産階級)と労働者(有産階級)との対立と闘争の場であると説いているのは、共産主義です。

経営者が(CEO)と称して巨利を得、景気が悪くなると生産調整と称して簡単にクビを切るのが、個人主義を根本とする西洋風の企業です。

しかし、日本の流儀は違います。
日本人にとって、会社は「家族」です。
それが、西洋風でもない。共産主義風でもない、日本風の商家の考え方です。

なにごとも西洋かぶれするのではなく、私たちはいまあらためて、日本流経営学というものを学んでみる必要があると私は思います。
 
  List
  この記事は 322977 への返信です。
  この記事に対するトラックバックURL  http://www.rui.jp/tb/tb.php/msg_322978
  ※トラックバックは承認制となっています。

 この記事に対する返信とトラックバック
323489 江戸からくり人形と雇用のお話 本田真吾 17/01/15 AM00

[過去の記事へ]
[一覧へ戻る] [新しい記事へ]


◆実現論本文を公開しています。
 実現論 : 序  文
 第一部 : 前  史
 第二部 : 私権時代
 第三部 : 市場時代
 第四部 : 場の転換
 参考文献

 必読記事一覧
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28
大転換期の予感と事実の追求
実現論の形成過程
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(1)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(2)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(3)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(4)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(1)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(2)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(3)
自考のススメ3.自考力の時代⇒「少年よ、大志を抱け」(1)
自考のススメ3.自考力の時代⇒「少年よ、大志を抱け」(2)
1.これから生き残る企業に求められる能力は?
2.私権圧力と過剰刺激が物欲を肥大させた
3.市場の縮小と根源回帰の大潮流
4.共認回帰による活力の再生→共認収束の大潮流
5.自我と遊びを終息させた’02年の収束不全
6.同類探索の引力が、期応収束を課題収束に上昇させた
7.情報中毒による追求力の異常な低下とその突破口
8.大衆支配のための観念と、観念支配による滅亡の危機
9.新理論が登場してこない理由1 近代観念は共認収束に蓋をする閉塞の元凶となった
10.新理論が登場してこない理由2 専門家は根本追求に向かえない
11.学校教育とマスコミによる徹底した観念支配と、その突破口(否定の論理から実現の論理への転換)
12.理論収束の実現基盤と突破口(必要なのは、実現構造を読み解く史的実現論)
近代思想が招いた市場社会の崩壊の危機
新理論を生み出すのは、専門家ではない普通の生産者
現実に社会を動かしてきた中核勢力
私権時代から共認時代への大転換
市民運動という騙し(社会運動が社会を変えられなかった理由)
民主主義という騙し:民主主義は自我の暴走装置である
統合階級の暴走で失われた40年
大衆に逆行して、偽ニッチの罠に嵌った試験エリートたち
新理論の構築をどう進めてゆくか

『るいネット』は、46年の実績を持つ起業家集団・類グループが管理・運営しています。るいネットワーク事務局(Tel:0120-408-333, E-mail:member@rui.ne.jp