日本を守るのに、右も左もない
321612 この世は神々からの預かり物
 
本田真吾 HP ( 壮年 香川 建築家 ) 16/11/11 PM11 【印刷用へ
江戸から昭和中期にかけてまでの日本では、この世は神々からの預かり物であり、自分の肉体も、道路も家屋敷も道具類も土地も、すべては神々のものであって、人はそれを生きるために「使わせていただいているのだ」という意識が社会の中核をなしていた。この観念が壊れるのが、明治維新からで、薄汚れたこころが正当化されてきた。

『未来を担う子供達に恥じることがないように、いまからでも遅くないから、日本人は、日本人としての美徳を取り戻していくべきなのではないかと思います。』と著者は説く。
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ねずさんのひとりごと(リンクより引用

上にある写真は、東海道岩淵からの富士山の写真です。
岩淵というのは、いまの静岡県富士市で、吉原宿と蒲原宿の間にあった宿場町です。
この宿場に、「旧小休本陣常盤家」という建物があり、これは国の登録有形文化財になっていますが、そこが女優の常盤貴子さんの父親の実家なのだそうです。
(中略)
幕末から明治にかけての日本の風景写真は、かなりの数が残されています。
ところがどの写真をみても驚くのは、道路にチリひとつ落ちていないことです。
この写真でも、石ころは見えますが、ゴミはありません。
どこかの国とはエライ違いです。
この写真には、真ん中に大八車が見えていますが、道路に轍(わだち)がありません。
日本に大八車のような車がなかったからではありません。
実際、この写真にも、奥に車は映っています。
ただ、車は市内や町内の近距離の運搬には使われましたが、県をまたぐような物流には使われませんでした。
なぜなら効率が悪いからです。
長距離の貨物輸送には、河川や海など、水上交通が用いられたのです。
(中略)
日本は人口密度の高い国ですから、いかに集約的に効率をあげるかが大事な要素となる、いわば効率社会です。
実は、明治期の鉄道は、長距離輸送を海上輸送よりも安全に、ということから発展したものです。
ところがこれが大正から昭和初期にかけては、政党内閣が選挙に勝つために鉄道誘致、駅誘致をいわば民間への餌として使い、このため全国に鉄道網が敷かれることになりました。
そのなかの多くが、戦後、路線廃止となっています。

一方、戦後の鉄道は左翼系組合の巣窟となりました。
ストライキによる運休による迷惑や、極端なすし詰めの通勤電車の不快に、辛い思いをされた方も多かったことと思います。
通勤ラッシュは、すくなくとも車両の増設と運行列車の増加を図れば、ある程度改善可能な問題だったのですが、左翼系組合が、運行を増やせば運転手に過重がかかるなどと、猛反対して、これまた運休に至るストライキの道具となり、結果、多くの人々がどれだけ迷惑を被っても、改善されないという情況が長く続きました。

要するに、せっかく良い道具があっても、それが政争の具にされると、結果として歪みが生じ、多くの人々が迷惑することになるのです。

また、写真をよく見ると、路肩の雑草もきれいに刈り取られている様子を見て取ることができます。
最近の道路では、路肩にぼうぼうと草が生えていますが、同じ日本なのにこの違いがどうして起きているかというと、人々の寄って立つ位置が違ってきているからです。

江戸から昭和中期にかけてまでの日本では、この世は神々からの預かり物であり、自分の肉体も、道路も家屋敷も道具類も土地も、すべては神々のものであって、人はそれを生きるために「使わせていただいているのだ」という意識が社会の中核をなしていました。

ですから、家も土地も道具類もすべては神々のものです。
神々のものを、借りて使わせていただいているのですから感謝して大事に使わせていただくのが当然でしたし、最後にはちゃんともと通り神々にお返ししなければならないと考えられてきたのです。
それが日本人の古くからのアイデンティティです。

私たちが子供の頃には、朝、学校にいく道すがら、毎日近所のおじいさんが、道路を竹ぼうきで掃いている姿をよくみかけたものです。
それは毎朝のことでした。
特にこれから先の季節になりますと、道路には落葉が舞います。
その落葉を竹箒で掃いて、それを焼きながら、中で焼き芋などをこしらえていて、学校帰りには焼きたての熱々の焼き芋をごちそうになったりもしました。
食べるときには、「いただきます」と言います。
神々から、稔りをいただくのです。
お礼を言い、感謝するのは、あたりまえのこととされてきました。

昔はプラスチックのような化学製品がなく、あるのは自然にできた有機物ばかりでした。
ですから焼いても害はなかったのです。
いまは、これをやったら大変な害が出ます。
ゴミを空き地や庭先で燃やすと、ダイオキシンの害が出るのです。
処分できないようなものをなぜ使うのか。
どうして処分するときのことを考えてモノづくりをしないのか。

目先のお金儲けのことしか考えない姿は、本当に文明人といえる姿なのでしょうか。
もしかしたら、文明人ほど、野蛮人に成り下がっているのではないでしょうか。

数学者の岡潔博士が面白いことを書いています。
「日本はいま、
 子供や青年たちに「自分」ということを
 早く教えようとしすぎている。
 こんなものはなるべくあとで気がつけばよいことで、
 幼少期は自我の抑止こそが一番に大切なのである。」

「自分を大切に生きる」、それはとても大切なことだろうと思います。
けれど、自分にできる精一杯の行動を、みんなのためにする。
誰に褒められなくても、みんなのために役立つことが普通のことと思う。

私たち日本人は、冒頭の写真にあるように、とても美しい国を、みんなで築いてきたのです。
未来を担う子供達に恥じることがないように、いまからでも遅くないから、日本人は、日本人としての美徳を取り戻していくべきなのではないかと思います。
 
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