生命原理・自然の摂理
321475 放射線「直線仮説」こそ諸悪の根源@
 
前田重男 16/11/07 PM11 【印刷用へ
心に青雲リンクより
放射線「直線仮説」こそ諸悪の根源より
====(以下引用)====

《1》直線仮説の非弁証法性
 マムシやハブは猛毒の蛇であるが、それを丸ごと焼酎に漬け込んで、エキス(?)を飲んで強精効果を期待する向きがある。マムシ酒、ハブ酒と呼ぶ。
 むろん毒蛇に噛まれれば致死であるが、極微量なら生体にプラス効果(薬)になるとされる。この種の酒は気分的なものであって、本当に強精効果があるわけではなかろうが、譬えとして出した。

 放射能も同じことである。すべてが悪い(猛毒)なわけではない。
 鉄、銅、コバルトなどの元素は人体に必須の微量元素である。しかし体内に取り入れる量が多ければ有毒になる。

 巷間、マスゴミで報道されるような「○○ミリシーベルトだから危険だ」などという根拠ははなはだ薄弱で、それらは「直線仮説」から導き出された非科学的妄想なのである。
 直線仮説とは、LNT仮説(Linear No-Threshold Theory)とも言う。
 どういう事かというと、癌死亡率と高線量率高線量の放射線とには直線的関係があるという説である。高線量率とはヒロシマ・ナガサキの原爆やチェルノブイリ原発事故のような例外的な高線量の被爆のことである。放射線量と死亡率とが直線的な比例関係にあるというのだ。

 まったく非弁証法的な捉え方で、呆れるばかりだ。量質転化はないというようなものである。つまり、お湯を沸かしていくと際限なく水の温度があがっていき、100℃で沸騰して蒸発するという量質転化を起こすこともなく1000度にも5000度にも(直線的に)なっていくというのである。逆に冷やしていっても0℃以下になっても氷という固体に量質転化することはなく、水のままどんどん低温になっていく、ということを主張するのと同じなのだ、この LNT仮説(閾値なし直線仮説)は。

 閾値(しきいち)とは、「それ以下なら悪影響の恐れは無い」とされる数値である。これは事実的にも放射線に関しては閾値があることが証明されている。
 小出裕章氏(京都大学助教・京大原子炉実験所)がひところ反原発陣営ではもてはやされていたけれど、彼はこの直線仮説のようである。だから弁証法がない。
 要するに、放射線には一切の安全な線量域はないというのが直線仮説なのである。
 酒は少量なら薬になるが、一気に大量にのめば致死…という考えはできないのがこの直線仮説である。つまり酒を一気飲みして急性アルコール中毒になった人間を基準に、酒は1滴でも猛毒だというようなもの。そんなバカなと思いませんか?

 小出氏は、放射線が健康に与える影響については素人同然で、原子炉の専門家でしかない。
 だが困った事に、国際放射線防護委員会(ICRP)はLNT仮説を採用している。だから日本もその意向に逆らえない。日本の御用学者どもは、国際学界で良い顔をしたいから、福島原発事故でもLNT仮説にしたがった暫定規制値を出して恥じるところがなく、福島県民がどれほど困惑しようが知ったことではない態度を貫くのだ。

 しかしこれは『人は放射線になぜ弱いか』(講談社ブルーバックス)の著者・近藤宗平博士によれば、「先進国で法律にまで採用されている放射線のリスク値は、実際の資料にもとづいていないあてずっぽうである。つまりニセの情報が採用されている」という事態になっている。そのとばっちりを日本国民、なかんずく福島県民はこうむっている。
 
 微量放射能は無害である以上に、一定範囲の線量は人体の健康に有効であることを証明してみせているのである。それをやれ東大の「教授」じゃないからダメとか、医師じゃないからウソだ、東電から研究費をもらっているにちがいないからインチキだなどと反論する向きもある。
 物質が変化(量質転化)しないとほざくほうが、よほどアホの科学者ではないか。

 放射線だけは弁証法の例外だってか? 弁証法は宇宙の森羅万象すべてに貫かれる法則なのに! だからどんな微量の放射線や放射能でも異常に怖がるのはどうかしている。

 先の近藤宗平博士は『人は放射線になぜ弱いか』でこう言っている。
 「国連科学委員会と国際放射線防護委員会は、低線量域の実際のデータを無視して、直線仮説(無しきい値)にもとづいて、微量の放射線を厳重に管理するように具体的案を各国政府に勧告してきた。これは二〇世紀最大の科学的スキャンダルである意見に賛成せざるをえない。」
 むしろ恐ろしいことは、風評被害とかノイローゼ、心身症的障害を引き起こしている事実があることである。チェルノブイリでもそういうことが多くみられた。福島県では放射能の実害より風評被害に苦しんだ。
 放射能が心身症の原因にはなり得ないから、これは明らかに 直線仮説が元凶で、みんなが怯えてしまうからである。

 原子力関連の御用学者がアホなら、政府もなにも勉強しないで事なかれ主義を貫くから、これまた無知な大衆がひどい目にあわされる。

 さらに近藤博士博士はこう説いている。
 「現実には、日本人は世界の常識を超えて放射線を怖がりすぎている。放射線は微量でも危険だという証拠がないことを、政府は国民に知らせないで、危険を防ぐための便宜的放射線の量的規制を行なっている。政府の放射線管理規制の行き過ぎと無駄づかいが少なくない。正しく放射線の影響を理解するための教育はなされていない。」(『人は放射線になぜ弱いか』)

 この本は、今度の震災が起きるより遙か以前(1985年)の出版であるのに、あたかも今次の混乱を予見したかのような中身になっている。
 つまりは、こういう「迷信」がはびこるのは、行政が(役人が)既得利権を手放したくないからであるらしい。国際的機関に決めていただいた「数値」にのっとっているというお墨付きを固持して、ものごとを進められる。住民のことなど知ったこっちゃない。

 放射線も放射能も怖がらなくていいんだよ、となると、木っ端役人が出しゃばる「場」がなくなってしまう。行政による監視もいらなければ、許可もいらなくなる。役人というものは民草の自由にはどうしてもさせたくないものなのだ。規制したくてしょうがない。だから直線仮説にしがみつき、他説を許さない。
 
  List
  この記事は 321395 への返信です。
  この記事に対するトラックバックURL  http://www.rui.jp/tb/tb.php/msg_321475
  ※トラックバックは承認制となっています。

[過去の記事へ]
[一覧へ戻る] [新しい記事へ]


◆実現論本文を公開しています。
 実現論 : 序  文
 第一部 : 前  史
 第二部 : 私権時代
 第三部 : 市場時代
 第四部 : 場の転換
 参考文献

 必読記事一覧
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28
大転換期の予感と事実の追求
実現論の形成過程
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(1)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(2)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(3)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(4)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(1)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(2)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(3)
自考のススメ3.自考力の時代⇒「少年よ、大志を抱け」(1)
自考のススメ3.自考力の時代⇒「少年よ、大志を抱け」(2)
1.これから生き残る企業に求められる能力は?
2.私権圧力と過剰刺激が物欲を肥大させた
3.市場の縮小と根源回帰の大潮流
4.共認回帰による活力の再生→共認収束の大潮流
5.自我と遊びを終息させた’02年の収束不全
6.同類探索の引力が、期応収束を課題収束に上昇させた
7.情報中毒による追求力の異常な低下とその突破口
8.大衆支配のための観念と、観念支配による滅亡の危機
9.新理論が登場してこない理由1 近代観念は共認収束に蓋をする閉塞の元凶となった
10.新理論が登場してこない理由2 専門家は根本追求に向かえない
11.学校教育とマスコミによる徹底した観念支配と、その突破口(否定の論理から実現の論理への転換)
12.理論収束の実現基盤と突破口(必要なのは、実現構造を読み解く史的実現論)
近代思想が招いた市場社会の崩壊の危機
新理論を生み出すのは、専門家ではない普通の生産者
現実に社会を動かしてきた中核勢力
私権時代から共認時代への大転換
市民運動という騙し(社会運動が社会を変えられなかった理由)
民主主義という騙し:民主主義は自我の暴走装置である
統合階級の暴走で失われた40年
大衆に逆行して、偽ニッチの罠に嵌った試験エリートたち
新理論の構築をどう進めてゆくか

『るいネット』は、43年の実績を持つ起業家集団・類グループが管理・運営しています。るいネットワーク事務局(Tel:0120-408-333, E-mail:member@rui.ne.jp