初めに断っておく必要がありますが、官僚の中にも優秀な方がおられるという例外はありますし、官僚の中にも役人らしからぬ(役人にしておくにはもったいない)、起業家精神・創造性豊かな方もおられると思います。ただ、一般論から言えば確かに官僚組織は人間を無能化させる弊害があり、仕事をしているかどうかあやしい人が多いという欠陥はあるでしょう。「無能化」を導く私権時代の組織原理の限界について、少し考えてみたいと思います。
「無能化」の捉え方にもいろいろあるでしょうが、最も特徴的な傾向から言えば、自分で考えない・判断しない・責任をとろうとしない、あるいは前例のない革新的な発想がなかなかできないということが挙げられると思います。いろんなお役所で私がお付き合いさせていただいている実感から言えば、マスコミで叩かれるような不祥事を起す人は例外で、大多数の公務員は非常にまじめに頑張っておられると思います。(むしろ不祥事が起こるたびに迷惑されているのは一般の公務員の方でしょう。)ただ、民間の立場から申し上げると、決められたままにマニュアル通りに仕事をするだけで、よくクビにならないなとうらやましく思うこともあります。
前例主義や横並び意識の強さ、決められた基準やマニュアルから逸脱することを極端に嫌がるという傾向は、何も官僚組織に限ったことではなく、民間企業でも特に大企業になればなるほど共通して見られる傾向ではありますが、特に官僚組織に顕著な傾向であり、それも地方自治体よりは中央官庁に顕著ではないかと思います。その原因は多々あるでしょうが、最も強く感じるのは、官僚の思考様式・行動様式としてマイナスや失敗を恐れ、何事も無難にミスのないようにする傾向が強いということです。物事を肯定的に捉え、プラスの可能性にチャレンジをしてみようというのは、官僚個人としてそのように志向したとしても、組織総体としてはなかなか難しいようです。
その原因には人事評価の在り方や予算システムの問題などもあるでしょうが、最も基底的に捉えると、市民・国民の現実否定視に基づく監視圧力ということがあるのではないかと考えます。官僚対市民・国民の構図を権力対反権力という構図で捉えるかぎりではこれは避けられません。特に私権統合が崩壊し、社会が統合不全に陥っている今日では、官僚の側に官僚批判に対抗する理論も力もなく、ひたすら批判を恐れ、揉め事を起さないように思考するというのもある意味必然のことであろうと思われます。しかし、私権から本源へのパラダイム転換を考えると、官僚と市民・国民との関係も否定対立・批判から相互肯定・協働へと変わってゆく必要があるのではないかと思います。(続く)
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