試験・身分制度の根深い害
317638 いい学校を出て、いい会社に入って… 子どもを「成功」に追い詰めることの大きな弊害1
 
近藤文人 16/07/24 PM00 【印刷用へ
金融日記のサイトより、「いい学校をでていい会社に務めるという価値観が依然として強固な理由(リンク)」からご紹介します。

 最近、元気のない小中学生がいるという。死ねないからしかたなく生きているという。これは、どこからくるのだろうか?何を教えられてこんなに追い詰められているのだろうか?かなり気になっていた。

 昔から大人の価値観は、子供に悪影響を与えてきた。しかし、収束先のないこの時代に、収束先があるかのように振る舞い、収束先のない不整合感が、最大の人々の圧力となっている時代に、まさに、今はなき「成功」を求めるという価値観は、彼らを活力衰弱させるに当然な認識なのだろうと思う。

 この「いい学校を出て、いい会社にはいって、いい生活をする」という価値観は、欺瞞そのもので、彼らの潜在思念とはまったく繋がっていない。大人たちは、この言葉を使ってはいけない。
---------------------------------転載
「もういい学校を出ていい会社に務めることが成功なんて時代ではない」

実はこれは僕が子供の頃からいわれていました。つまり何十年も前からいわれ続けてきたのです。それで実際の社会はどうなったかというと、今でもこの価値観は非常に頑強なことにおどろかされます。なぜ頑強と思うのかというと、就職活動中の学生の行動を観察していると、ほとんどの学生が、なるべく有名な大企業を全部受けて、少しでも有名な大企業に就職するという行動原理で動いていることが明白だからです。

日本には非常にたくさんの大学があり、死ぬほどたくさんの大学生が毎年毎年生産されていて、そのほとんどの大学生が上で述べたようなアルゴリズムで動いているのです。なるべく有名な大企業に就職することを目指して、大学3年生にもなれば就職活動に励みます。

その結果、有名な大企業の新卒募集には電話帳何冊分かの履歴書が送られてくることになります。実際に大学生を呼んで面接するのは大変、つまりコストがかかるので、多くの大企業は最初にスクリーニングして電話帳何冊分かの履歴書を、少なくとも電話帳1、2冊ぐらいまでに絞り込みます。この時何を基準に絞るかというと、ほとんどの場合大学名です。確かに日本の大学教育は、学生のスキルを向上させて将来の日本経済を発展させうる人材を育てるという意味においてはほとんど役に立っていませんが、受験勉強を通して自らの能力、とりわけ勤勉性を証明するというシグナリングとしては非常に役に立っているようです。いい大学を出ていないと有名な大企業の面接には呼ばれないのですから、最初の「いい学校を出ていい会社に務める」というステートメントは、少なくとも有名な会社に就職するにはいい学校を出ないといけないという意味においては正しいです。

大学というのは、シグナリングが本質的な機能であるとすると、大学教育を充実させていい人材を育てるという正攻法では大学経営がうまくいかないことを如実に物語っています。なぜならば学生は、そしてその親は〇〇大学卒という焼印を見えやすいところに押してもらうことを目的に、不毛な受験勉強に多大な労力と時間を注ぎこみ、そして授業料を払うのですから、その大学での教育の中身なんて二の次、三の次なのです。むしろ重要なのは偏差値で表される入学試験の難易度であり、その帰結としてのシグナリングの強さなのです。その結果、東大を頂点とする一流大学の序列が一旦できてしまうと、その入学試験の難易度故の序列は、その難易度故に受験生が群がりさらに難易度が上がるという形で自己強化されていくので、ほとんど覆らなくなります。

また逆説的ですが、学歴の経済的価値は就職活動の時に少なくとも面接に呼んでもらえるかどうかというシグナリングの一点だけなので、この基準をクリアしている大学間での価値の違いはほとんどないともいえます。つまり東大、京大、旧帝国大学、東工大、一橋大学、早稲田、慶応、その他有名国公立、私立大ぐらいまでならば、大企業の面接に呼んでもらえるので、あまり違いはありません。最近は企業も正社員の採用に非常に慎重で、インターンなどで実際に働かせて、使えるか、使えないかを慎重に見極めるので、少なくともインターン等に呼んでもらえる大学ならばあまり差はないでしょう。

ちなみに有名な大企業でも採用数が多い所は最初のスクリーニングの時の大学名がもっと幅広くなりますし、採用数が少ないところはもっと狭くなります。その辺の微調整はあります。

さてこのようにスクリーニングされた電話帳は、それでも大量なので(なんせ『一流大学』の卒業生は毎年毎年何万人も生産されますからね)、次は筆記試験とか、グループ面接などのコスト・パフォーマンスが高い方法でさらに絞りこまれます。それでようやく個別面接になるのです。

 (中略)
---------------------------2に続く
 
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