一次・二次大戦
316566 長崎原爆投下の真実〜なぜ長崎の市街地に原爆が落とされたのか〜
 
猛獣王S ( 46 東京 営業 ) 16/06/21 PM04 【印刷用へ
『改ざんの日本史−長崎原爆投下の真実(1)』((新) 日本の黒い霧)リンクより転載します。
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 〜前略〜

「原爆と秘密結社」
デイビッド・J・ディオニシ(著), 平和教育協会(訳), 成甲書房 2015

 〜中略〜

■長崎原爆投下の不可思議

秘密結社の話などは聞き飽きた方も多いでしょうが、この本の最も秀逸な部分は、長崎に投下されたファットマン(Fat Man)の原爆報道の矛盾点を徹底的に解明している点でしょう。以下、それらを箇条書きにて紹介します。

原爆投下機「ボックスカー (Bock's Car)」に関する矛盾
(1)投下機は北九州の小倉に向かい上空を3回も旋回した末、長崎に進路を向けた
(2)当日の小倉の天候は投下不能になるような悪天候ではなかった
(3)予備燃料600ガロンが給油されておらず、爆弾投下後、出発基地のテニソンには戻れず沖縄にほぼ燃料が空の状態で緊急着陸した
(4)沖縄の米軍基地は同機の緊急着陸の呼びかけに全く応じなかった
(5)サポートに付くはずの救難捜索機に帰還命令が出されていた
(6)同乗取材するはずだった、原爆報道で有名な記者ウィリアム・ローレンスがなぜか乗り遅れた

着弾地点に関する矛盾
(7)爆撃目標と考えられる三菱造船所からなぜか4.6kmも離れた市街地に投下された
(8)気象観測機は出動しており、命中誤差はせいぜい150m程度だった
(9)浦上天主堂の倒壊具合から、爆心地は現在の認定位置から北寄り、現在の平和公園の辺りだったと認められる
(10)米軍発表の写真では浦上天主堂の倒壊した壁が修正されている
(11)浦上天主堂の壁が一部残っていることから、猛烈な爆風が横から当たっていることがわかる。つまり、上空での爆破ではなく地表に近い点で爆破していることが読み取れる。

■長崎は初めからターゲットだった

同機は北九州を3度も旋回したにも拘わらず、投下命令は下されずに長崎に向かいます。定説では、北九州への原爆投下予定だったはずが悪天候のため長崎に変更されたと言われてますが、(2)の事実により当日の天候に問題はなく、当初から長崎が原爆投下地点と決められていた節が感じ取れます。わざわざ3旋回を繰り返したのは、何も知らされていない乗組員に、当初の爆撃目標が北九州であることを印象付けるためだったのでしょうか?

■ボックスカーは墜落するはずだった?

北九州上空での旋回の謎は(3)〜(6)の事実を見れば氷解します。燃料の少ない同機をわざわざ何度も旋回させている。そこには任務終了後にボックスカーを燃料不足により東シナ海に墜落させる意図が見え隠れします。証拠隠滅?では何のために?著者の調査によると(6)の記者、ウィリアム・ローレンスは死の血盟団の一員であり、それゆえ民間人記者でありながら重要機密であるはずの原爆投下作戦にフリーパスで参加することができたとしています。狙いはもちろん、原爆投下後の米国内プロパガンダ、現在の米国が主張する「戦争終結に原爆は必要だった」という世論を形成するためです。一つの強力な定説を作り上げるのに、実機乗組員の証言はむしろ邪魔になると考えられます。

ここで昨年の本ブログ記事「旧陸軍士官が語った歴史の真実(2) 」リンクと微妙に符合する点が浮かび上がってきます。同記事では、広島の原爆投下機が投下後に山口県内の山中に墜落したとしています。T氏は爆風による損傷が原因と見ていましたが、もしかしたら、初めから同機に投下後に墜落する仕掛けがなされていた可能性も否定できません。事実、投下機が墜落消滅した後に、架空のエノラゲイ号がデッチ上げられ、戦後の原爆に関する世論が作られていったのは誰の目にも明らかなことです。ただし、広島の場合は少々都合が悪いことに海上でなく陸上に墜落してしまいました。ここで最も不思議な疑問が湧いてきます。破片を回収し戦時広報に利用できるはずなのに、日本はなぜそれに沈黙したのか?という点です。

■原爆は浦上天主堂を狙って落とされた?

本書のクライマックスは、なぜ長崎の市街地に原爆が落とされたのか、その理由を伝えることにあります。結論を先に述べれば、その理由とは、

「戦後、天皇の神格化が解かれることになれば、多くの日本国民がキリスト教徒に改宗するであろう。死の血盟団の天敵であるキリスト教の普及を阻止するには、日本のカトリック宗の聖地である長崎、それも浦上天主堂を破壊し、その信者を抹殺しなければならなかった」

というものです。

 〜中略〜

以上の考察から、下記の重要な結論が導かれます。
長崎の原爆は日米秘密結社の共同作戦であった
または、世界的秘密結社の共通アジェンダであったと言うことができるでしょう。

 〜後略〜
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