政治:右傾化の潮流
312211 民主主義を破壊する発言になぜテレビは沈黙するのか?(2)
 
山上勝義 ( 51 京都 建築士 ) 16/02/11 PM07 【印刷用へ
リテラ リンク より、以下転載 続き
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 昨年、放送界の第三者機関であるBPO(放送倫理・番組向上機構)が意見書で政権による番組への介入を「政権党による圧力そのもの」と強く批判、高市総務相が昨年4月に『クローズアップ現代』のやらせ問題と『報道ステーション』での元経産官僚・古賀茂明氏の発言を問題視し、NHKとテレビ朝日に対して「厳重注意」とする文書を出した件も「圧力そのもの」と非難したが、その際にはっきりと示されたように、放送法とは本来、放送局を取リ締まる法律ではない。むしろ、政府などの公権力が放送に圧力をかけないように定めた法律なのだ。

 まず、放送法は第1条で「放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保すること」と定めている。これがどういうことかといえば、今回のように政治家が暴走することのないよう、政府に対して表現の自由の保障を求め、政治権力の介入を防ぐために規定されているものなのだ。

 一方、放送法4条には、たしかに放送事業者に対して〈政治的に公平であること〉を求める規定がある。だが、この4条は政府が放送内容に対して介入することを許すものではけっしてない。

 以前の記事でも紹介したが、放送法4条について、メディア法の権威である故・清水英夫青山学院大学名誉教授は著書『表現の自由と第三者機関』(小学館新書、2009年)でこう解説している。
〈そもそも、政治的公平に関するこの規定は、当初は選挙放送に関して定められたものであり、かつNHKに関する規定であった。それが、「番組準則」のなかに盛り込まれ、民放の出現後も、ほとんど議論もなく番組の一般原則となったものであり、違憲性の疑いのある規定である〉
〈かりに規定自身は憲法に違反しないとしても、それを根拠に放送局が処分の対象になるとすれば、違憲の疑いが極めて濃いため、この規定は、あくまで放送局に対する倫理的義務を定めたもの、とするのが通説となっている〉

 つまり、第4条は放送局が自らを律するための自主的な規定にすぎず、これをもって総務省ほか公権力が放送に口を挟むことはできないということだ。むしろ第4条を根拠に公権力が個々の番組に介入することは、第1条によって禁じられていると考えるのが妥当だろう。

 すなわち、放送法4条は放送局が自らを律するための自主的な規定にすぎず、これをもって総務省ほか公権力が放送に口を挟むことはできないということだ。むしろ4条を根拠に公権力が個々の番組に介入することは、第1条によって禁じられていると考えるべきだ。

 しかも、4条にある〈政治的に公平であること〉とは、「両論併記」することでも「公平中立」に報道することではない。というのは、メディアで報道されているストレートニュースのほとんどは発表報道、つまり権力が自分たちに都合よく編集したプロパガンダ情報である。これがただタレ流されるだけになれば、政策や法案にどんな問題点があっても、国民には知らされず、政府の意のままに世論がコントロールされてしまうことになりかねない。

 逆にいえば、高市総務相の今回の発言は「世論を政権の都合でコントロール」しようとするものであり、それこそが放送法に反しているのだ。にもかかわらず、無知を重ねて電波法を持ち出し、テレビ局に脅しをかける──。これは報道圧力、言論弾圧以外の何物でもない。

 しかし、つくづく情けないのは当事者たるテレビ局だ。このような発言が総務大臣から飛び出したのだから、本来は問題点を突きつけて高市総務相に反論を行うべきだ。なのに、昨晩のニュース番組でこの発言を報じた番組はひとつもなし。きょう、またしても高市総務相が電波停止に言及したため、取り上げられはじめているが、そうでなければどうするつもりだったのだろうか。

 だが、テレビに期待するほうが間違っているのかもしれない。NHKも民放も、幹部や記者たちは安倍首相と会食を繰り返し、官邸からの圧力にあっさり屈してキャスターを降板させる……。こんな調子だから、為政者をつけ上がらせてしまうのだ。報道の自由を自ら手放し、権力に力を貸している時点で、もはやテレビも同罪なのだろう。
(水井多賀子)
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