世界各国の状況
311945 ロシア(プーチン)人の思考背景 B
 
加藤俊治 ( 62 大阪 ) 16/02/02 PM09 【印刷用へ
ロシア人(プーチン)の思考背景を知り、プーチンの現状の言動を組み合わせることによって、今後、ロシア(プーチン)がどのような方向に動いていくのかが見えてくるはず。

今回は、プーチンの生い立ち。

・・・・・・・・・・・・

「第一章 プーチン政権の人事研究」リンクより

(2) プーチンの出自
『プーチン自らを語る』の中でプーチンは、自らの出自について興味深い事実を語っている。プーチンによれば、彼の祖父はコックで、第1次世界大戦後、レーニンのゴールキの別荘で働き、レーニンの死後はスターリンの別荘で長いあいだ働いていた。

また父親は、潜水艦乗組員として兵役についていたが、復員後、独ソ戦が開始されるやすぐに志願兵として前線に出征、ドイツ軍の背後で破壊工作を行う内務人民委員部の部隊に所属して破壊工作を行い、またその後は、「ネフスキー・ピャタチョーク」でドイツ軍との激戦に耐え抜いたという。第2次大戦後、父親は、イェゴーロフ鉄道車両工場で職長として働き、作業所の党書記であった。

このプーチンの祖父と父親に関する話は非常に興味深い。プーチンの祖父がレーニンとスターリンの料理人であったことは、彼が、2人の党指導者から見てきわめて信用のおける忠実な共産党員であったことを意味している。

また父親が独ソ戦では内務人民委員部の部隊で破壊工作に従事し、その後は、「ネフスキー・ピャタチョーク」で戦い抜き、戦後は、工場で党書記を務めていたということは、彼の父親もまた筋金入りの愛国者・共産党員であったことを示している。

これらの祖父と父親に関するエピソードは、プーチンが国家保安委員会入りしたこととの関連において、重要な意味を持っているように思われる。

学生時代のエピソードでもっとも興味深いのは、プーチンが国家保安委員会に入ったいきさつである。プーチンは、化学専門教育を重視する学校に在学しているときに諜報機関で働きたいと思うようになったと述べ、その理由として、『剣と盾』のような映画や本の影響をあげている。

そして彼は9年生のときに、「どのようにすれば諜報員になれるのかを知るために国家保安委員会の支部を訪ね」、そこで彼は、志願者は採用されず、軍もしくは高等教育機関から人を採用すると聞かされる。そこでプーチンは、どのような高等教育機関がよいかを重ねて尋ね、法学部がよいという情報を聞き出している。

かくして、プーチンはレニングラード大学法学部に進学する。しかし、その後、プーチンは、「志願者は採用しない」という言葉を信じて国家保安委員会と接触することなく大学生活を過ごし、ようやく大学4年生のときに、大学担当の国家保安委員会の職員に国家保安委員会への入省を勧誘され、国家保安委員会に採用されたという。

この話の信憑性を確認することは困難である。彼が9年生のときに訪ねた国家保安委員会支部の職員の名前も、大学4年生だったプーチンを国家保安委員会に勧誘した人物の名前も明らかではない。しかし、『剣と盾』のような映画を見て諜報員にあこがれたという話はやや子どもじみてはいまいか。また、コムソモールの活動家でもなく、どちらかといえば目立たない学生だった彼を国家保安委員会が採用したのはなぜだろうか。その疑問
は、彼の出自が解き明かしてくれる。

プーチン家は、祖父の代からの筋金入りの愛国者・共産党員の家である。レーニンとスターリンの料理人を勤め上げたほどの祖父を持ち、内務人民委員部破壊工作部隊や「ネフスキー・ピャタチョーク」で奮闘し、戦後も工場党書記として活躍した父親を持つプーチンは、おそらく少年時代から愛国的少年として育ち、祖国のために生涯を捧げることのできる仕事につきたいと考えていたであろう。

それと同時に、プーチンは、おそらく、同世代の若者の多くがそうであったように外国へのあこがれを持ち、国際的な舞台で活躍したいと考えたであろう。そして、国際舞台で活躍することを夢見た彼が、外交官や海外特派員ではなく諜報員を選んだのは、人一倍強い愛国心の持ち主であったからであろうか。

あるいは、父親が勧めたのかも知れないし、父親のコネがあったのかも知れない。そして、国家保安委員会もまた、プーチンが血筋のはっきりした筋金入りの愛国者・共産党員の息子であったからこそ、彼を採用したに違いない。実際、外務省、警察、軍や諜報機関など、国家機密を扱う役所が、縁故採用をすることは一定の合理性を持っているように思われる。

・・・・・・・・・・・・

プーチンは、根っからの愛国者。

1985〜1990まで東独勤務。ソ連の崩壊を目の当たりする中で、米ソ冷戦は金貸しが作り出したものであること、社会主義が金貸しにとって国民から多大なる財を思い通りに吸い上げるシステムであることも同時に掴んだのであろう。
 
  List
  この記事は 311823 への返信です。
  この記事に対するトラックバックURL  http://www.rui.jp/tb/tb.php/msg_311945
  ※トラックバックは承認制となっています。

 この記事に対する返信とトラックバック
312008 ロシア(プーチン)人の思考背景 C 加藤俊治 16/02/04 PM10

[過去の記事へ]
[一覧へ戻る] [新しい記事へ]


◆実現論本文を公開しています。
 実現論 : 序  文
 第一部 : 前  史
 第二部 : 私権時代
 第三部 : 市場時代
 第四部 : 場の転換
 参考文献

 必読記事一覧
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28
大転換期の予感と事実の追求
実現論の形成過程
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(1)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(2)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(3)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(4)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(1)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(2)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(3)
自考のススメ3.自考力の時代⇒「少年よ、大志を抱け」(1)
自考のススメ3.自考力の時代⇒「少年よ、大志を抱け」(2)
1.これから生き残る企業に求められる能力は?
2.私権圧力と過剰刺激が物欲を肥大させた
3.市場の縮小と根源回帰の大潮流
4.共認回帰による活力の再生→共認収束の大潮流
5.自我と遊びを終息させた’02年の収束不全
6.同類探索の引力が、期応収束を課題収束に上昇させた
7.情報中毒による追求力の異常な低下とその突破口
8.大衆支配のための観念と、観念支配による滅亡の危機
9.新理論が登場してこない理由1 近代観念は共認収束に蓋をする閉塞の元凶となった
10.新理論が登場してこない理由2 専門家は根本追求に向かえない
11.学校教育とマスコミによる徹底した観念支配と、その突破口(否定の論理から実現の論理への転換)
12.理論収束の実現基盤と突破口(必要なのは、実現構造を読み解く史的実現論)
近代思想が招いた市場社会の崩壊の危機
新理論を生み出すのは、専門家ではない普通の生産者
現実に社会を動かしてきた中核勢力
私権時代から共認時代への大転換
市民運動という騙し(社会運動が社会を変えられなかった理由)
民主主義という騙し:民主主義は自我の暴走装置である
統合階級の暴走で失われた40年
大衆に逆行して、偽ニッチの罠に嵌った試験エリートたち
新理論の構築をどう進めてゆくか

『るいネット』は、46年の実績を持つ起業家集団・類グループが管理・運営しています。るいネットワーク事務局(Tel:0120-408-333, E-mail:member@rui.ne.jp