本能⇒共認機能⇒観念機能
311389 サルから人類へ:観念機能の創出
 
岡田淳三郎 ( 70代 大阪 経営 ) 16/01/15 AM10 【印刷用へ
サルたちが形成した、この未知なる世界への収束と追求の回路は、人類において更に第一義的に重要なものとなる。
足の指が先祖返りして、それ以前の獣たちがそうであるように、足の指で枝を掴むことが出来なくなったカタワのサル=人類は、樹上に棲めるという本能上の武器を失った結果、想像を絶する様な過酷な自然圧力に直面した。とうてい外敵に対応できない原始人類は、洞窟に隠れ棲むしかなかったが、彼らは恒常的に飢えに苛まれていた。だが、洞窟の外は外敵が一杯で、夜中に他の動物が喰い残した死骸の骨を密猟するのが精一杯だったろう。(人類は、動物の骨の髄や脳みそをすすって生きてきた。)
つまり、人類は、外圧に対して、本能という機能でも共認機能でも適応できない、完全なる不適応態となってしまった。主体(本能・共認機能)と外圧(世界)が全く整合しない、全面的に不整合な世界=絶望的な逆境の中に置かれたのである。
彼らは常に生存の危機に晒されており、当然「どうする?」⇒「世界(自然)はどうなっている?」という未知への収束と追求回路に全面的に先端収束する。そして、人類は、直面する未知なる世界=不整合な自然世界を「なんとしても掴もう」と、自然を凝視し続けた。それは、生命の根源をなす適応本能(整合本能)と共認機能を深く結びつけることになった。そのようにして、みんなで毎日毎日追求し続ける、その中で、追求共認⇒追求充足の回路が、共認回路の奥深くに形成され、その共認充足が更に強く皆を追求に向かわせていった。

そして遂に、未知なる自然(例えば、一本一本の木)の背後に、整合する世界=精霊を措定する(=見る)。人類が万物の背後に見たこの精霊こそ、人類最初の観念であり、人類固有の観念機能の原点である。直面する未知なる世界(例えば自然)の背後に精霊を見るのも、物理法則を見るのも、基本的には全く同じ認識回路であり、従って精霊信仰こそ事実認識=科学認識の原点なのである。

生命は、常に最先端の可能性に収束する。サルは本能(という機能)の限界を突き破った共認機能に先端収束し、人類はその共認機能の限界を突き破った観念機能に先端収束する。かくして、人類は、生存課題の全てを本能⇒共認⇒観念へと先端収束させる事によって、観念機能を発達させ、その事実認識の蓄積によって生存様式(生産様式)を進化させていった。そして遂に1万5千年前、弓矢の発明によって外敵と対等以上に闘える段階にまで生存力を高め、過酷な生存圧力を克服していった。(更に、その後は、自然圧力を動物一般のレベル以下にまで低下させてきた。)
このように、人類は、その最先端の観念内容を組み換えることによって、極限的な生存圧力に適応してきたのである。
ここで、人類の意識構造に焦点を当てて見ると、人類の意識=脳回路は、哺乳類(原モグラ)時代に形成された本能(機能)の上に、サル時代に形成された共認機能が塗り重ねられ、その上に人類固有の観念機能が塗り重ねられて成り立っていることが分かる。

人類は、精霊を見ることによってはじめて、不整合な世界を部分的に(かろうじて)整合させることができたが、人類と世界が不整合なままなのは、現在も同様である。
人類にとって、世界は根本的に不整合であり、その不整合な世界を何らかの観念によって部分的に整合させて生きているにすぎない。
しかし、部分的に整合させているだけなので、絶えず問題(=部分的な不整合)が生起し、その都度に未知収束⇒可能性探索の回路が作動する。また、共認圧力は「いつ、どう変わるか分からない」恒常的に未知なる圧力であり、人類はその共認圧力に対しても、常に未知収束⇒可能性探索の回路を作動させている。
(たいして中身がないと分かっていながらも、メールやラインやテレビを見ずにいられないのも、彼らにとって仲間圧力が、未知なる世界=「いつ、どう変わるか分からない」外圧だからである。)
生物にとっても外圧の把握は最先端課題であるが、とりわけ人類にとっては未知なる外圧への収束と追求が何よりも第一義の課題となっている。この未知収束の回路こそが、追求充足と観念機能を生み出した源泉であり、人類の知能を著しく進化させた本体である。

なお、人類500万年のうちの99%は単一集団であり、人類が集団を超えた贈与関係を皮切りにして、社会の形成に入ったのはわずか1万年前であるが、社会を形成したのは人類だけであるという事実にも注目しておきたい。
共認機能は、相手の表情や身振り・手振り(=身体言語)に頼っているので、目に見える範囲でしか(≒集団という次元までしか)機能しない。それに対して、観念は集団を超えて共認することができる。従って、観念機能に先端収束した人類が社会の形成に向かうのは、必然であった。なぜなら、同類闘争の集団である人類集団において、ある集団の観念能力が他集団を上回れば、その観念力を武器に周りに進出してゆくのは必然だからである。
このことは、逆に言えば、対象世界が拡がり未知なる外圧が大きくなるほど、ますます観念能力が発達してゆくということを示している。つまり、対象世界が身近な狭い空間から集団へ、更には社会へ広がるほど、観念能力(≒言語能力)は高度に磨かれてゆく。そのことは、とりわけ言語能力を再生する必要に迫られている現代人が強く意識しておくべきことだと思われる。
 
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