私権社会の婚姻制
31070 「地獄の沙汰も金次第」
 
槇原賢二 ( 30代 大阪 塾講師 ) 02/05/16 PM02 【印刷用へ
>そして、いったんお金が万人の共認する最先端価値=評価指標となってしまうと、(国家によって施される場合を除いて)芸能であれ、情報であれ、全てはお金と引き換える事の出来る形に商品化しなければ供給できなくなり(∵メシが喰えない)<(30710)

「地獄の沙汰も金次第」という諺は、室町時代にできたと聞いたことがあります。室町時代以降、「金、金、金」といったお金の哲学は「現世的真理」として貫徹していったようです。その状況を端的に表すものに室町時代の末期に書かれた『人鏡論』という小冊子があります。

それは、道無斎という「くせもの」がいて、神・儒・仏の達人たち三人のお伴をして伊勢参りをし、その道中で金の哲学を展開して、それら既成思想家たちの思想をことごとく粉砕してしまうというお話です。

たとえば、大津の打出の浜に出たとき、みんなで比叡山を眺めて詩歌をつくったとき、道無斎がいうには、
「面白くも有り難きものは金にて侍る。ひえの紅葉も、ながらのみねの錦も、横川の月も、金がなくては更におかしくも面白くもあるまじ。仏も色々口を聞給えども、七宝の最初に先ず金銀と説き給ひ、もろもろの浄土も金銀の荘厳を第一とせり。孔子も老子も今日の禄ゆえに心を苦しめ、あまた道を語り述べられたり。我国の神道も金銀なくては知りがたし。」といった様子です。

いくらお金があっても、賎しい者は高い身分になれまいという儒者の問いには、お金で身分を買った男の話で切り返します。

そして、一行が伊勢に着くと、「ここほどの人らも皆金の神道になり」ており、かつては僧尼の出入りを禁じていたのが、今は金さえ出せば神前まで入りこめたので、一行の中の神道家が怒って神主につめよると、神主は「それはお金が神前近くに参りたるにて、出家は参り申さず」と空うそぶく・・・。

「金は万物の長にして、乾坤のたから、無上如意宝殊にて候也」と道無斎は言い放ちます。

宗教やあらゆる聖人君子主義の類は、非現実であり、いわば現世にサジを投げ、希望を現世でない別のところにかけています。現世的には力が弱いわけで、現世に可能性を求めるには、万人が評価指標とした「お金」に収束することになります。

このような「金の哲学」が広まると同時に、日本でも、ほんとうの意味での私有財産制が出現します。鎌倉期までは、総領制といって、一族による財産共有制がとられていたが、室町時代以降、一族のなかの個々の家族が独立して、家父長による嫁取婚(ヨーロッパでは、既にローマの掌握婚として見られます)を基礎とする家父長式家族が社会の経済単位となってきたようです。

ヨメトリという言葉は、室町時代に書かれた『今川大双紙』が初見のようで、以降、続々と見られるそうです。また、鎌倉期までは、メカケやテカケという言葉は、まだできていなかったようで、室町以後の所産だそうです。鎌倉期までは、特別な言葉ができていなかったが、室町以降は、男が手をかけたもの、目をかけたもの、つまり女は男の所有物という観念が生まれてきたようです。「ツマ」という言葉も元々は、わが片はし、半身という意味で、夫婦がお互いにいいあう言葉だったようです。しだいに女だけを指すようになり、やがて「刺身のツマ」というような意味のツマになってしまいました。

女の地位が、このように変化するといわゆる「働き」のある男、「甲斐性」のある男、金持ちほど多妻的になってきます。いいかえれば、妻の多少がすなわち富の多少を表すことになります。妻・妾なるものが一種の家畜であり、商品であり、富であるという世の中になってきては、その数が多ければ多いほど、それは、所有者である男の甲斐性を表すこととなり、名誉となるわけです。
 
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