日本人の起源(縄文・弥生・大和)
308940 縄文時代を骨相学から語る(4)〜弥生人の実態
 
田野健 HP ( 55 兵庫 設計業 ) 15/10/30 AM00 【印刷用へ
野口氏の著書「骨が語る日本人の歴史」には弥生人の事も克明に書いてある。縄文人が地域差や時代差が極めて少ないのに対して弥生人は地域差も時代さも激しい人種のミックスした総体を為すという。所謂、縄文人は存在するがそれに対応する弥生人はいないのである。
引き続き本編から紹介したい。

>前章で縄文時代の人々を語るときにたんに縄文人としたが、弥生時代の人々については、いわゆる弥生時代人との意味合いで「弥生人」としたい。もちろんわけがある。

縄文人は1万年の長きにわたったにもかかわらず、だいたいのところ、縄文人骨の顔立ちや体形は一定しており、あまりに大きな時期差は認められない。しかるに弥生時代は700年程と短いが、その遺跡で出る人骨はけっこう多様であり、地域差などの身体現象の問題を詳細に論じるのが困難になる。実際に「弥生人」はさまざま。同時代人なのに、さながら「盛り合わせ」のような人々だった。
まるで「縄文人」そのものような「弥生人」や、「縄文人」に似た「弥生人」。その一方で朝鮮半島を越えてきた人々かその係累につながるような渡来系「弥生人」もいた。また、縄文系「弥生人」と渡来系「弥生人」とがミックスしたような混血「弥生人」、次の古墳時代の墳墓から抜け出てきたような「弥生人=新弥生人」もいた。

弥生人は地域性がとても強くて、同じ地域でも前期、中期、後期で時期差が無視できない。もしも北部九州や土井が浜遺跡の人骨ではなく、たとえば西北九州や神戸新方遺跡の弥生時代人骨をなどを復顔材料に使えば「弥生人と縄文人の顔立ちは非常に違う」と信じる方々の期待は裏切られてしまうだろう。一重マブタで平耳、薄い唇に淡い皮膚色、直毛で粉耳といった「弥生人の顔」神話が生まれたのは理由がある。

実はある一部の地域を除くと弥生時代の遺跡で発見される人骨の数は驚くほど少ない。日本のどの地域でも1990年代の頃までは、ほとんど「弥生人」骨は見つかっていない。人口が希薄で遺跡が少なかったからではない。日本列島の特殊な土壌事情がゆえに、そして弥生時代の遺跡の立地条件が故に、骨類が土に帰してしまい、人骨が残らないのだ。

ともかく縄文時代の貝塚遺跡と比べて、骨の残存状態が著しく悪い。それが弥生時代の遺跡の特徴である。唯一の例外が北部九州地域と土井ケ浜遺跡などがある地域である。これらの土地、対馬海峡と朝鮮海峡にまたがる海峡地帯のあたりだけは、弥生時代人骨が例外的に多く残存する。それに保存状態にもすぐれている。1950年代の早い時期から研究者によって集中的に発掘、研究活動が進んだ為に、尋常ならざる数の弥生時代人骨が発見され蓄積されている。

実際、この地域で見つかる人骨は、たしかに縄文人骨との身体的特徴の違いは目立ち、弥生時代人骨の「代表選手」「典型」のように取り扱われ、この地域で見つかる人骨こそが「弥生人」骨となり、縄文人と弥生人は大きく異なるという論法に繋がっていった。
しかし、この地域は日本列島のごく一部でしかない。そして歴史的に大陸の玄関になってきたところでもある。そういう地理的、歴史的条件を考慮するなら、この地域の人骨を日本列島全体の弥生人の骨の無作為標本と見なす事は躊躇せざるをえない。
これら、北部九州地域の骨はこれまでに発掘された弥生時代人骨の全体の80%を占有するのだ。

おそらく倭人は、縄文人が各地域でさまざまに変容した縄文系「弥生人」を基盤とした。そこに北部九州から日本海沿岸部に住み着いた渡来系「弥生人」が重なった。続いてその当たりを中心に両者が混血して生まれた混血「弥生人」が加わった。これらが混成した総体こそが「弥生人」、あるいは倭人なのである。そうだとすれば、倭人あるいは「日本人」の内訳は一方で縄文人の流れを強く受け継ぐ人々がいた。その対極に渡来人の系譜に繋がる人々がいた。やがてそれらが混血した。つまり、縄文系か弥生系かの二分論で日本人論を展開するのはいささか乱暴なのである。
 
  List
  この記事は 308725 への返信です。
  この記事に対するトラックバックURL  http://www.rui.jp/tb/tb.php/msg_308940
  ※トラックバックは承認制となっています。

 この記事に対する返信とトラックバック
縄文を骨相学から語る(後半)〜縄文人は存在するが、それに対応する弥生人はいない。 「縄文と古代文明を探求しよう!」 18/08/20 AM00

[過去の記事へ]
[一覧へ戻る] [新しい記事へ]


◆実現論本文を公開しています。
 実現論 : 序  文
 第一部 : 前  史
 第二部 : 私権時代
 第三部 : 市場時代
 第四部 : 場の転換
 参考文献

 必読記事一覧
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28
大転換期の予感と事実の追求
実現論の形成過程
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(1)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(2)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(3)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(4)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(1)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(2)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(3)
自考のススメ3.自考力の時代⇒「少年よ、大志を抱け」(1)
自考のススメ3.自考力の時代⇒「少年よ、大志を抱け」(2)
1.これから生き残る企業に求められる能力は?
2.私権圧力と過剰刺激が物欲を肥大させた
3.市場の縮小と根源回帰の大潮流
4.共認回帰による活力の再生→共認収束の大潮流
5.自我と遊びを終息させた’02年の収束不全
6.同類探索の引力が、期応収束を課題収束に上昇させた
7.情報中毒による追求力の異常な低下とその突破口
8.大衆支配のための観念と、観念支配による滅亡の危機
9.新理論が登場してこない理由1 近代観念は共認収束に蓋をする閉塞の元凶となった
10.新理論が登場してこない理由2 専門家は根本追求に向かえない
11.学校教育とマスコミによる徹底した観念支配と、その突破口(否定の論理から実現の論理への転換)
12.理論収束の実現基盤と突破口(必要なのは、実現構造を読み解く史的実現論)
近代思想が招いた市場社会の崩壊の危機
新理論を生み出すのは、専門家ではない普通の生産者
現実に社会を動かしてきた中核勢力
私権時代から共認時代への大転換
市民運動という騙し(社会運動が社会を変えられなかった理由)
民主主義という騙し:民主主義は自我の暴走装置である
統合階級の暴走で失われた40年
大衆に逆行して、偽ニッチの罠に嵌った試験エリートたち
新理論の構築をどう進めてゆくか

『るいネット』は、46年の実績を持つ起業家集団・類グループが管理・運営しています。るいネットワーク事務局(Tel:0120-408-333, E-mail:member@rui.ne.jp