市場原理
30848 市場社会は人間の欲望を飽くことなく増幅させるーーー金銭犯罪の五つの類型
 
大木康子 ( 53 神奈川 主婦 ) 02/05/14 PM02 【印刷用へ
 >市場時代を通じて、市場を拡大させた主動因は、私権の強制圧力による抑圧からの解脱としての快美幻想への可能性収束=快適さや便利さの希求である。逆に云えば、人々が私権の強制圧力からの解脱手段としての快適で便利な快美生活を手放せないことが、何をするにもお金がかかる社会が出来上がった原因である(そしてそれこそ、人々が精神を破壊し、環境を破壊して止まない原因でもある)。(30710 四方氏)

現代人は一旦手に入れた「快適で便利な快美生活」をもはや手放すことができず、それを維持していくため、また更に「より快適でより便利な快美生活」を求めて、人間の欲望は飽くことなく増幅していく・・・・・・。ということを改めて実感しました。この欲望は「何をするにもお金がかかる社会」において、精神破壊の極限ともいえる犯罪までも産みだしています。
 
 現代における犯罪の多くは金銭犯罪です。この金銭犯罪を五つの類型に分け、人間の欲望を時代の意識として捉えた興味深い記事が「朝日百科」に載っていました。以下はその抜粋と要約です。

  * *  * * * * * * * * * *  * * * 

1.「生存のための犯罪」-------戦後の混乱期
 この時期はまだ貧困に喘ぐ人々も多く、恐喝や侵入犯にしても、直接自分や関係者が生きて行く為の犯罪だったといえる。
 例えば窃盗常習犯たちの多くは、知能も低く、厳しい生存競争に立ち向かうことができずに、窃盗を生存の手段とせざるを得ない状態にあった。

2.「相対的剥奪による金銭犯罪」------高度成長期前半
 経済成長につれて給与が増え、急速に都市生活に移行していった人々は、様々な消費の欲望を刺激される。しかし、彼らは決して生来の都会人ではなく、ムラ人的意識のままであり、都市的な新しいコミュニティーは形成できず、家庭は孤立したまま、会社や故郷のムラ社会に繋がっていた。
 だから彼らは都会にありながら周囲を伺い、「都会の人」には物質的には負けまいとするムラ人的意識を持ち続け、自分だけが相対的に剥奪されているように思い込んでなされる金銭犯罪が生じた。

3.「生き急ぎ型」--------高度成長後半
 この時期になると金銭犯罪の被害額も大型になっていく。1968年に起こった「三億円事件」やこれ以外にも多数の銀行強盗事件がこの年には多く発生している。
 1960年代の後半の賃金の年平均上昇率は13.8%であり、こういった時代背景のもと、20代後半から30代までの若い男達は、一生生きられるだけの金を一気に取得しようとして金銭犯罪を目論んだのであろう。
 彼らは人生を、生きて様々な体験をすることに意味があるとは思えずに、観念的に生き急いでしまった。また人々は「三億円事件」のような、自分とは無関係な企業の金を計画的に見事に奪うと言うことに対して、ゲームの観客として事件を楽しむという傾向が生じつつあった。

4.「得べかりし金をめぐっての金銭犯罪」-------1970年代後半
 この時期からサラ金に追われての金銭犯罪が急増する。かつて借金は、現在の生活を維持するためのものであった。
 だから借金をめぐる犯罪は、とりもなおさず生存のための金銭犯罪であった。しかし、ローンに追われ、サラ金に追われて行う犯罪は、得られるはずの将来の金を先に使ってしまい、そのツケが回っての犯罪であった。
 現実の変化と欲望の惰性のギャップを、サラ金やローンが埋め、その返済請求に対し、彼らは犯罪で借金を返済しようとしたのである。ここに幻想と現実が混ざり合う時代が到来したのである。

5.「カネ共同体をつくる金銭犯罪」---------1980年代
 昔から成功した詐欺事件は、詐欺師と被害者が金銭のやり取りだけでなく、感情の交流をもって成立していた。
 このような比較的旧い意識の層に依拠して、犯罪者と被害者は金銭欲を軸とする擬似的な共同体をつくり、その共同体の成立そのものが、金銭犯罪の母体となっていく事件が多く生じたのである。
 昭和46年におきた「天下一家のネズミ講犯罪」、昭和60年に破局を迎えた「豊田商事事件」はまだ記憶に新しい。ここでは加害者と被害者が純金ファミリーという「カネ共同体」を作ったのであった。

* *  * * * * * * * * * *  * * * 
 
 以上の金銭犯罪の五つの類型のいずれをとっても、高度経済成長の時代、物や金が豊かになるに連れて、人々は人生を表現するのに金を手段とするようになったこと、そしてそれにつれて金銭犯罪もまた、人々のそのような意識の変化を映し出しながら推移してきたことを物語っています。
 そして、「快適さや便利さ希求」が金銭によってすべて獲得できるということが、これらの金銭犯罪へと現代人を駆り立てているように思います。
 市場社会は人間の欲望を限りなく増幅させ、精神破壊の極地としての犯罪までをも誘発することを再認識するとともに、人間を欲望から解き放つ一日も早い共認社会の実現の必要性を痛感します。
 
  List
  この記事は 30710 への返信です。
  この記事に対するトラックバックURL  http://www.rui.jp/tb/tb.php/msg_30848
  ※トラックバックは承認制となっています。

 この記事に対する返信とトラックバック
シリーズ「市場は環境を守れない、社会を統合できない」5〜金銭犯罪の五つの類型〜 「金貸しは、国家を相手に金を貸す」 10/07/10 AM03
234154 金銭 匿名希望 10/07/03 PM11
31027 環境問題が孕む矛盾 斎藤幸雄 02/05/16 AM00

[過去の記事へ]
[一覧へ戻る] [新しい記事へ]


◆実現論本文を公開しています。
 実現論 : 序  文
 第一部 : 前  史
 第二部 : 私権時代
 第三部 : 市場時代
 第四部 : 場の転換
 参考文献

 必読記事一覧
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28
新しい潮流1 社会捨象→不全捨象の充足基調(’70・’80年代)
新しい潮流2 私権統合の崩壊と社会収束の潮流(’90・’00年代)
新しい潮流3 社会不全⇒認識欠乏の蓄積
新しい潮流4 言葉それ自体が引力を持ち得ない時代
新しい潮流5 実現派は仲間収束から社会収束へ
新しい潮流6 解脱仲間から認識仲間への逆転
仲間圧力と認識仲間
新しい潮流は、新しい人間関係を必要としている
市場社会の、カタワの「集団」
本当は、「集団」に入ったのではなく、社会に出たのだ
古い人間関係は、影が薄くなるばかり
関係パラダイムの逆転1
関係パラダイムの逆転2
活力源は、脱集団の『みんな期待』に応えること
収束不全発の適応可能性の探索、その深くて強い引力
充足基調から探索基調への転換
'90年代の危機感と変革期待の行方
秩序収束と答え探索の綱引き
潮流2:戦後日本の意識潮流
潮流3:’70年、豊かさの実現と充足志向
潮流6:’95年、私権原理の崩壊と目先の秩序収束
潮流9:経済破局を突き抜けてゆく充足・安定・保守の潮流
今後10年間は充足⇒活力を上げれば勝てる 
「日本人はいつ物を考え出すのか?」(1) 共認充足が最大の活力源。'10年代はそれだけで勝てる
市場時代の共認非充足の代償充足⇒解脱(芸能)埋没
'70年〜現代 収束不全⇒本能的な秩序収束⇒課題収束⇒認識収束
現代〜近未来 対象への同化こそが新しい認識を生み出す
大学生が授業に出るのはなんで?
「やりがい」に潜む社会的欠乏
カリスマ 〜自分たちが共認できる価値観への評価収束〜 
仲間収束 2:一人でできない子
「働きたいから働こう」という意識
快美欠乏に替わって、認識の統合が最高価値になった。
判断の土俵とは、人々の潜在思念が作り出した共認圧力の場
『必要か否か』が環境問題に対する基底的な答えになる
芸能か、認識形成か

『るいネット』は、48年の実績を持つ起業家集団・類グループが管理・運営しています。るいネットワーク事務局(Tel:0120-408-333, E-mail:member@rui.ne.jp