学者とマスコミが人類を破滅に導く
307694 「文系廃止」の大学改革は時代錯誤だ
 
川内麻生 ( 25 会社員 ) 15/09/12 PM10 【印刷用へ
文部省が文系学部の改廃を求めたのに対して、文系学部のある国立大学60校中26校が、要請に基づいて学部の再編を行う。この報道に接し、大学に籍を置くものとして少し書いてみたい。
 6月8日に文部科学省から通知された「国立大学法人等の組織及び業務全般の見直しについて」では、別紙の「国立大学法人の第2期中期目標期間終了時における 組織及び業務全般の見直しについて」の中で、以下のように記されている。
 「特に、教育養成系学部・大学院、人文社会科学系学部・大学院については、18歳人口の減少や人材需要、教育研究水準の確保、国立大学としての役割等を踏まえた組織見直し計画を策定し、組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換に積極的に取り組むよう努めることとする」
 このようなことが行われる背景には文部行政だけでなく、日本人の教育観があると思う。多くの人は大学を、人生を豊かに送るための教養を身に着けるところではなく、社会に役立つ実践的な技術を学ぶ場と考えている。日本の大学は知への渇望が生み出したものではない。その全てが明治以降に作られたものであり、国家主導のもとで西欧に追いつけ追い越せを合言葉に、社会に役立つ技術を輸入する場だった。いまさら、この部分について議論しようとは思わない。

■今後も工業の振興で国家は隆盛するのか?

 ここで議論したいのは、「理系が国家の発展に寄与する」と思っているところである。多くの人は、工業部門の隆盛が国家を繁栄に導くと考えている。だから、理系教育を充実させようとする。
 だが、大阪万博に沸いた翌年の1971年、日本の工業部門はGDPの44%を生み出していた。だが、それは2013年には26%にまで低下した。

それは、我が国だけの現象ではない。どの国でも工業生産額がGDP に占める割合は減少している。2013年の米国の割合は20%、イギリスは19%でしかない。有力な自動車産業を有し、ヨーロッパの工場を自認するドイツでさえ31%である。全ての先進国で工業生産額がGDPに占める割合は減少し続けている。
 
■時代はサービス産業にシフトしている
 工業がダメなら農業はどうだろう。農業は工業以上にダメである。現在、先進国では農業生産額がGDPに占める割合は1〜2%でしかない。フランスは農業国として知られる。農業は1965年にGDPの9%を産み出していたが、そのフランスでさえ2013年の割合は2%である。その他の国は全て1%。つまり、日本だけでなく全ての先進国で農業は衰退産業になっている。
それは農産物が昔ほど労力をかけずに生産できるようになったことを示している。多くの人が農業部門で働かなくとも十分な食料を生産できる。それが農業の衰退を招いている。
 工業もダメ、農業はもっとダメ。それならどの産業が伸びているのであろうか。
 どの国でもサービス産業の割合が増加している。2013年の日本の割合は73%、米国は79%にもなる。先進国ではGDPの7割から8割はサービス部門が生み出している。

■日本は世界の潮流を見失っている

 このような背景には、モノ余りがある。もはや先進国では食料も工業製品も余っている。欲しいモノはない。欲しいのは高齢になって倒れた時に安心して任せられるサービスなど、形では表せないものになっている。

ここに述べたことを知ってしまうと、文系学部を廃して理系を重視するという考え方に疑念が生じる。理系を学んだ人間が活躍する工業部門の振興が国家を隆盛に導くという考え方は、明治時代から昭和の高度成長期までは正しかったかも知れないが、21世紀にはどんでもなく的外れな考え方になっているからだ。

 
 
 先進国はサービスの質を争う時代に入っている。我々は、そんな時代を生きている。そう考えれば、文系学部を廃止して理系を増やそうなどという議論がいかに的外れなものであるか理解できよう。

 大学に職を有する者として、大学が守旧派の巣であり、最も改革が遅れた部門であることは認める。しかし、昨今の大学改革の議論を聞いていると、多くの日本人は世界を流れる大きな潮流を見失っている。

 そもそも、文系、理系などと分けること事体、欧米にはない発想である。それは手っ取り早く、西欧の技術を吸収したいと考えた日本に生まれた考え方であり、それを定着させたのは受験産業であろう。付け加えれば、中国や韓国の大学制度も日本にそっくりである。真似をしたのだ。大学を文系と理系に分けて西欧の技術を吸収することは、学術において後進地域であったアジアの宿命である。

 21世紀にどのような大学教育が必要か。それは、文部科学省の役人と大学人が決める問題ではない。多くの国民が、世界を流れる大きな潮流を見据えながら、冷静な議論を積み重ねるべきものである。

 教育は国の礎。このような重要な問題を、頭の中身が高度成長期のままの文部科学省の官僚と、交付金を握られているためにその通達に追従するしか能のない大学教員に任せておくと、国家100年の計を見失う。

 政治家は安保法制にばかりにかまけているのではなく、もっとこの問題に介入すべきである。マスコミももっと取り上げるべきだ。その方が、“強い日本” “安全な日本”を作ることができる。

リンクより引用
 
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