近代科学を切開する
305059 西洋「科学」の基本論理〜唯物論・因果律のみの野蛮な「科学」
 
せいめい ( 41 岐阜 ) 15/06/18 AM01 【印刷用へ
>西洋「科学」では、要素を一つか二つに限定した上で実験し、実験室で同じ結果が再現されることをもって「事実」としている。つまり、要素限定の実験主義である。リンク

西洋「科学」の基本論理は、唯物論・因果律に偏っている。

その背後には、相手に殺される前に先に「殺す」歴史的必然性、そこから「結果」のみを急ぐ、偏った、野蛮な姿が浮かび上がってくる。

以下、五井野正氏『法華三部経体系』より引用。
*********
西洋思想はキリスト教道徳と唯物的自然観との二つから構成され、唯物的自然観というのが科学にあたり、キリスト教宇宙論に欠如している因果の理法を宇宙や自然や物に当てはめ、キリスト教観から脱皮させ、あるいは対立して発展してきたものなのです。

その唯物的自然観がキリスト教道徳で規律されている文字や歴史等の人文面にも食い込み、対立しながら今日の人文科学にまで築きあげたのです。

ここに、現代科学(西洋科学)の論理の構成は、物性の因果論が主であり、物性としてとらえられないもの(霊魂とか心とか感情など)や物性としての因果関係が掴めないもの(超能力とか転生輪廻とか悟りなど)に対しては科学の対象外としてキリスト教に委ねてしまう。

そこでキリスト教の範囲にないものは異教として排他され、非現代的・非近代的と言った言葉で片付けられてしまう。

(中略)

今の科学こそ前世紀の産物で非現実的、非近代的な所産と言っても過言ではない事がわかるはずです。

もし事実の生成、変化が原因、結果だけで起きているとすれば、仮に人と人との殺し合い、あるいは国と国との戦争の場合、殺さなければ殺される、相手の軍隊を滅ぼさなければこちらがやられるといった論理が起きる。

どちらも結果のみ(殺されない為、あるいはやられない為に)を先に取ろうとする為に、その原因である相手を先に殺そうとする。

しかし、何故殺されるのかを考えれば、相方で殺し合わなければならない理由はどこにもなく、それなのに殺し合うのは相手側を常に原因者であると考え、結果的に自分に被害がくるという論理しかなく、自分も又原因者であり相手も又、被害者となるという事を全く考えないからである。

その様な考え方は、現代科学(西洋科学)の基本論理から生じており、
例えば病原菌に身体がおかされている場合、病原菌を殺さなければ自分の方が危ないという考え方などがそうで、その為自分にも多少の被害が起きるが病原菌を殺す毒(薬と呼んでいるが実際は毒)を飲んだり、それがためならばその菌におかされた部分を切り取るという事をする。

たとえそれが癌の様に、かつては自分の身体の部分であったとしても切り取ってしまう。

その様な考え方に完全に慣れてしまえばちょっとした腫れ物でも軽い病状でも、子宮だろうが卵巣だろうが、また腎臓だろうが切り取ってしまう事でこれ以上の病状の悪化を防ぐ最善の近道だと考えてしまう。

その考え方は国土がミサイル攻撃を受け多くの損害を受けようと相手国を全滅させれば、あるいは多少の軍隊の犠牲が出ようと国益、もしくは大国の保持の為には何処の国でも軍隊を送り込むという政治学にも反映され、
ましてや自国の犠牲を少なくするには属国州や同盟国が全滅しようと構わないという哲学にもなる。

又、現代科学は人間の肉体をも唯物的にとらえ、ある病状があって心臓に原因があるとすれば切り取って人口ポンプに変えるという考え方をする。

さらに思考や感情の器官を大脳と考え、大脳が個人の人格と知性そのものであると考えてそれ以外の身体の器官は科学が発達すれば将来にはロボット化できると考えている。

その様な考えはまた、経済学にも反映され、人間よりも機械の方がコストや性能の面で優れていると考えれば人間をどんどん切り捨てて機械化する。

つまり人間自身を唯物的に見て人間の特質、広範囲な能力、さらには教育次第で能力的にどんどん成長する事など考慮に入れず、あるいは商品としての製品の価値に人間自身の感情の作品、もしくは人間自身の一品の創造的製品というとらえ方を持たず、唯、物を作り物を売って、その物の中に
人間を組み込もうとする企業の在り方にも影響している。

又結果のみを取ろうとする為に工場で、ある製品を作ればそれまでの過程に作りだされる物は廃棄物として処理される。それが公害をひき起こし、
さらに一般大衆の中でも不用品はゴミとしてどんどん出されるので一億総ゴミ化、地球ゴミ化となってしまう。

そのゴミは金の為に作られ、金の為に感情も知性も繰り込まれた単なる物の末の姿である。

食べ物という結果だけを見て(人間が食べ物として見ているだけだが)
牛や豚、鳥、食べられるもの何でも食べ物として食べる。

そして西洋科学の場合、物が落ちる、それは重力があるからだという結果的説明で、では何故重力があるのかという原因までには触れようとしない。つまり物を出発点として物そのものが何の原因によって生じ、何の原因によってそのような働きを持つかなどは解明しない、それ由、物が始めであり終わりである。

現代科学の主要な学問となっている物理学は、物の力の学問であって、化学は物の性である。そしてその物が持つ力も性も結果のみをとらえ、物の力や性の原因までは遡れない。

このように欠如した因果の理法が現代の科学であり、それが混沌の現代社会を映しだしている元でもあり、その現代科学を指して現代的、近代的と呼ぶならば何と非文化的な野蛮な世界なのだろうと思うものです。
 
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