日本人の起源(縄文・弥生・大和)
302656 修験道がつくった日本の闇4〜『日本書紀』での歴史改竄と中臣神道整備により、真の神道を滅亡に追い込んだ中臣・藤原氏〜
 
五芒星 15/04/02 PM03 【印刷用へ
[■古代史の謎コレクション5 修験道がつくった日本の闇 関裕二著] の『第5章 反骨の修験道誕生』より御紹介します。
日本人に成りすました百済人の中臣氏(後の藤原氏)らにより、縄文から続く列島民族の基層文化をなしている最古ヤマトの信仰形態≒真の神道を日本書記により、改竄、否定された。神道の名を使えなくなった葛城勢力は、中臣神道とは別の形で新たな修験道という民間信仰ベースの宗教をつくっていったという。修験道は、こうした古来からの古神道の流れを組んでいると指摘する方も多く、このような背景があったのだろうと思われる。
---------------------------------3より
■謎の人物・中臣鎌足の暗躍
 藤原不比等が『日本書紀』の中で神道の根幹をすり替えてしまったのだから、同族の中臣氏が神道を独り占めし、伝統を破壊してしまった謎も、これで解き明かすことができる。

 その後、藤原(中臣)氏は貪欲に権力を追い求め、財を蓄えていくのである。ちなみに、他の豪族との共存さえ拒んだ藤原氏という存在は、日本の歴史上、希有な存在である。いったい彼らは何者なのだろう。ヒントは、藤原氏の祖・中臣鎌足の出自に隠されているように思われる。

 一つ気になるのは、藤原氏があらゆる場面で百済と多くの接点を持っていたことだ。

 藤原氏の始祖・中臣鎌足が、実は当時人質として来日していた百済王子・豊璋と同一人物であったことは、いくつかの拙著中で何度か述べた。

 ここで確認しておかなければならないのは、百済王子・豊璋が「日本人」になりすますために、当時没落していた「中臣」氏を利用したことで、豊璋はこの中臣の姓をなんらかの方法をもって手に入れたのに違いないことである。

 そして中臣鎌足こと豊璋は、中大兄皇子と手を組み、改革派の蘇我氏を滅亡に追い込むことに成功したのである。

 さらに豊璋の子・藤原不比等が手段を選ばぬやり口で権力を手中にすると、真っ先に手をつけたのが、『日本書紀』による歴史の改竄(かいざん)と、中臣神道の整備であった。不比等は自家の正統性を新たなる歴史と宗教観で塗り固めることによって証明しようとしたのだ。「本当の神道」を守ろうとする斎部氏が、中臣氏に追いやられるのは当然のなりゆきであり、それ以上に納得できるのは、斎部氏の鎮まらない憤りであった。

 役小角(えんのおずぬ)が、蘇我入鹿没後に葛城山から出現し、蘇我寄りの天武天皇を援護し、蘇我政権復興の一翼を担っていたこと、逆に小角が天武天皇の死後、藤原不比等に追いやられたことの意味が、ここにきてようやく理解できるはずである。

 この後、藤原権力が力をつけるのと比例して、葛城の動きが活発化している事実を見逃してはならないだろう。ここに修験道誕生の本当の意味を知ることができよう。

 謎というものは、解けてしまうとあっけないほど簡単で単純だ。

 葛城山の修験道は、道教の要素をふんだんに取り込み、また神仏習合の中心的役割を担っていくことになる。

 だが、それにもかかわらず、修験道が縄文から続く列島民族の基層文化を最も残しているのではないかと指摘されるのは、最古のヤマト朝廷の信仰形態が修験道の根底にあったからである。

 藤原氏によってこの「真の神道」・・・・・・・・仮に日本人の信仰を神道という名を使って呼ぶとすれば・・・・・・・・を奪われ、神道の名を使えなくなった葛城は、中臣神道とは別の形で新たな宗教を模索した。そして、にわかづくりの中臣神道を圧倒し、多くの民衆の力を結集する古くて新しい宗教は生まれた、ということであろう。

 このように考えることで、地方の神社、民衆の神道離れの意味も明確になってくる。民衆の税が藤原氏の私腹を肥やすために集められるのでは、誰も中臣神道の神を崇めようとするはずはなかったのである。
---------------------------------5に続く
 
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