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301137 なぜいま「対話」が必要なのか?―現代の日本社会に潜むタブーに切り込んでいくためのキーワードは「対話」―
 
濱田健 ( 会社員 ) 15/02/12 PM10 【印刷用へ
現在、日本の社会は大きな転換点を迎えている。大局的にみると、欧米を中心としたグローバリズムに日本社会が巻き込まれていっている。国内的には、国家は戦争のための準備を着々と進め、多くの国民はそれに違和感を覚えつつも異を唱えることが出来ない(あるいは見て見ぬふりをしている)。その背後にある巨大権力に対して異を唱えないのみならず、親しい仲間内であってもそのような違和感の正体を追求することをしない。そこに触れることをタブー視し、何か話題にすら出してはいけないという「空気」がつくられている。しかし、国家が戦争への歩を大きく進めている現在においてこの「空気」は大変危険である。

このような「空気」を突破するにはどうすれば良いだろうか?つまり、真実から目を背けず、タブー正面から向き合っていくためにはどうすれば良いか?そのための一つのキーワードは「対話」である。
本投稿では、『「対話」のない社会―思いやりと優しさが圧殺するもの 』(中島義道,PHP新書,1997)から要点を抽出しながら、「会話」と「対話」の違い、日本社会には「対話」が欠けていることを示す。

以下では、著書の第3章 対話とは何か?から要点を抽出していく。
――――要点抽出ここから――――
■そもそも「対話」とは?〜「対話」と「会話」は別物〜
・日本人にとっての「会話」
「会話」は、コミュニケーションのような達成されるべき一定の目的―情報伝達・意思決定・合意・コンセンサス・相互理解/了解・和解・・・・―をもたない。異質な諸個人が異質性を保持しながら結合する基本的な形式。

この国の人々は個人が正面から向き合い真実を求めて執念深く互いの差異を確認しながら展開してゆく「対話」をひどく嫌い、表出された言葉の内実より言葉を投げ合う全体の雰囲気の中で、漠然とかつ微妙に互いの「人間性」を理解し合う「会話」を好む。

・そもそも「対話」とは?
「対話」は、その素朴な形態は古代ギリシャ世界一般に浸透していたが、特にプラトンの数々の対話篇において絢爛たる花を咲かせた。すなわち、真理を求めるという共通了解を持った個人と個人とが、対等の立場でただ言葉という武器だけを用いて戦うこと、これこそ「対話」である。

分からないことを分からないとはっきりと言い、むしろ、相手の見解と自分の見解の微妙な差異を見逃さず、それにこだわり「いいえ」と言えることが対話である。

■ヘリゲルにみる「対話」を求める姿勢=これから日本人に求められる姿勢
・ドイツ人オイゲン・ヘリゲルが日本の弓道のコツを飲み込むまでの苦心が描かれている「日本の弓術」(岩波文庫)の中で、彼は日本人の先生に対して質問を投げかけ続ける。筆者は、この姿勢こそが「対話」を求める姿勢であると述べている。

先生「あなたは無心になることを、矢が独りでに放たれるまで待っていることを、学ばなければなりません。」
ヘリゲル「しかしそれを待っていると、いつまで経っても矢は放たれません。私は弓を力の続く間張っています。」
先生からそんなことを考えずにとにかく無心になることを言われたヘリゲルは問う。
ヘリゲル「無になってしまわなければならないと言われるが、それではだれが射るのですか」
さらに先生が「あなたは無心になろうと努めている。つまりあなたは故意に無心なのである。それではこれ以上進むはずはない」と言い、それに対してヘリゲルが答える。
ヘリゲル「少なくとも無心になるつもりにならなければならないでしょう。さもなければ無心になるということがどうして起こるのか、私には分からないですから」

・私たち日本人はたとえヘリゲルと同じような疑問を持ったとしても、彼のように質問を続けることをためらう。こうした態度が私たち日本人の社会では求められていることを知っているからだ。
「先生、しかしそれはおかしい」「先生、まだわたしにはわかりません」こうした単純な問いを発すること、それが「対話」の根っこなのである。そしてわれわれは「対話」が「対話」であるためのこうした根っこを育てなかった。
――――要点抽出ここまで――――
本投稿では、タブーに触れることを避けたがる日本の現代社会において、
@今後はタブーを避けることは許されない時代になっていくこと
A対話とは何か
Aタブーを直視し、そこへ切り込んでいくためには「対話」が有効であること

の3点を示した。

次投稿では、なぜ日本社会で「対話」が育たなかったのか?また、今も育っていないのか?その原因が日本人特有の「優しさ・思いやり」であることを示し、タブーを避けたがる日本人の精神構造に迫りたい。
 
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10.新理論が登場してこない理由2 専門家は根本追求に向かえない
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