企業を共同体化するには?
300224 できるリーダーになりたかったら【1】毎朝、声に出して読みたい金言≪論語の言葉≫
 
岡本誠 ( 61 兵庫 経営管理 ) 15/01/14 PM07 【印刷用へ
小宮一慶・経営コンサルタントのPRESIDENT Online記事より。リンク
リーダーには「仁」「義」「信」が不可欠なことを説いている。

〜〜〜〜〜〜〜(以下、引用)〜〜〜〜〜〜〜〜
日本に深く浸透している『論語』。秩序と道徳を重んじる儒教の思想は、2500年の古より変わらぬリーダーたる覚悟と心構えを説いている。

1.損得抜きの謙虚な人付き合いをしているか

今から2500年以上前に書かれたのが、論語です。これだけ長い年月、人に読み継がれているのは、そこに古今東西の普遍的な生き方や仕事のしかたに通ずる「原理原則」があるからに違いありません。

私は20代の銀行員時代、理不尽な上司にどう対応すればいいかわからず悩んでいたときに初めて論語に触れました。そして、「リーダーとはどんな人物か」を知り、「ついていくべき上司か否か」の区別ができるようになりました。それ以来、何度も論語を読み返しています。

  子曰く、晏平仲、善く人と交わる。
  久しうして人、之を敬す。

なかでも上記の論語は私が最も好きな言葉です。

晏平仲とは、乱世の時代であった春秋時代において1、2を争う名宰相と謳われる人物。一般的に、人は、出会った当初は愛想もよく礼儀正しいけれど、付き合いが長くなると、次第に自分のボロが出て、人のアラも見えてきます。しかし、この晏平仲という人はその逆で、多くの人と交流し、長く付き合うほど周囲から尊敬の念を抱かれた人格者だったと伝えられています。

言うまでもなく、ビジネスを成功に導くために「久し」く、「善く人と交わる」ことは不可欠です。しかし実際には、第一印象はいい、プレゼンもうまいけれども、顔を合わせる回数が増えると、実は「仁」がなく自己中心的な傾向があったり、誠実さや信念のようなものも感じられなかったり、さらにはブレることも珍しくありません。経営者などリーダー層でさえも、そうした残念な人が多いように感じられるのです。

では、どうすれば晏平仲のような存在になれるのか。それは、後述[2.自分の利益だけでなく皆のためにやっているか]で述べる「利」を考えない、つまり損得を考えない人付き合いに徹することですが、それだけでは足りません。現代のような膨大な情報が氾濫する社会では、一人でできることには限りがあり、多くの人の知恵を借りる必要があります。よって、人的なネットワークの構築を確実にすることが重要だ、という意識を今まで以上に強く持つべきです。

人脈こそ、財産。そして、自分の利だけのために人脈を使わない。そう考えれば、相手の立場・状況に配慮した行動ができる。謙虚になり、人間的な成長もできる。結果的に、自然と付き合いは長く続き、信頼関係をより強固なものにでき、人を見分けることもできるはずです。この論語の言葉を読むたびに、私はこの人付き合いの本質に立ち戻るのです。

2.自分の利益だけでなく皆のためにやっているか

  利によって行えば怨み多し。

仕事は慈善活動ではありません。利潤追求は企業活動に不可欠ですが、自分の「利」だけを考えるのはいけない。論語の「利によって行えば怨み多し」は、そんな戒めの言葉です。

利とは、自分にとって望ましいもの、都合のいいものを指します。この利を追ってかえって利を失い、好調だったビジネスを暗転させてしまう経営者はとても多いです。

短期的な視点で利益を追う。自社(もしくは自分)のメリットのみ追求し、ほかはどうでもいい。そんな利益第一主義の利己的行動は、一時的に儲けられても、ほかの人はそれを嫌いますから長続きはしません。

では、どうすればいいのか。論語には「義」という言葉がしばしば登場します。義とは、人としての正しい行いという意味。私は、これを世の中のためにふさわしいことと言い換えられると思っています。

冒頭で述べたように、ビジネスは「利」を無視しては成立しません。しかし、本当の利を得ようとすれば「義」の精神を前提とした言動をすべきだと論語は教えてくれます。儲かるか儲からないか、得するか損するかより、正しいか正しくないか、世の中のためになるかを先に考える。

企業活動に即して私流に解釈すれば、この言葉は「顧客第一主義」。自分の都合を優先せず、お客様本位で考え、商品を適正な価格で提供する。そうやって「義」を第一にするからこそ結果としてお客様に喜ばれ、「利」が後からついてくるのです。「利」は「義」の結果です。

ただ、手段として「顧客第一主義」を掲げるのはいただけません。それは偽物です。1枚めくれば利益第一の本性が剥き出しになります。

私が人生の師と仰ぐ、曹洞宗円福寺の住職をされていた藤本幸邦先生は、存命中にお会いするたび「お金を追うな、仕事を追え」とおっしゃいました。また、敬愛するピーター・ドラッカーも『現代の経営』で「利潤動機なる本能的な動機の存在そのものさえ疑わしい」と語っています。

  曾子曰く、吾れ日に吾が身を三省す。
  人の為に謀りて忠ならざるか。
  朋友と交わりて信ならざらるか。
  伝えて習わざるか。

とはいえ、つい日々「数字」に追われるのが現実。そこで、私が講演などでよくお話しするのは、「曾子曰く、吾れ日に吾が身を三省す」という論語のくだり。つまり、自分は人のことを考え努力しなかったのではないか、友人に対し誠実でなかったのではないか、(師より)伝えられたことをよく習熟していなかったのではないかと反省をすることの大切さを伝えた言葉です。「三たび」とは、たびたびという意味。省は「省みる」のほかに「省く」とも読む。日々の自分の行いを反省し、不要な物欲や功名心などを省くことが正しい生き方へとつながり、結果的に「利」をもたらすのです。

※言葉の出典は『論語の活学』(安岡正篤著)
〜〜〜〜〜〜〜(引用おわり)〜〜〜〜〜〜〜〜
 
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