これからの暮らしはどうなるの?
293342 集団と住まいの歴史(洞窟〜縄文〜農村集落〜長屋まで)
 
岩井裕介 ( 42 山口 再開発プランナー ) 14/08/09 AM01 【印刷用へ
○近年、シェアハウスという新しい潮流が注目されている。
○しかし人類の集団と住まいの歴史をもう少し長いスパンで見てみるとどうか。近世までの古い集落や民家群、町屋・長屋群などを見ると、群的、共用・共有的であるのが通常で、一戸の家が単独的でないほうが一般的である。つまり人々の住まいは元々共有的・シェアハウス的なものだったのではないか? そうだとしたら、住まいの本源回帰とも言えるのではないか?
○集団と住まいとの関係を歴史的に考察するには、生産様式(生産体制)、婚姻様式、集団統合体制を構造的に見ていく必要がある。

■洞窟時代
・人類史500万年のうち、そのほとんどは極限的な生存圧力のもとにあり、人々は洞窟に隠れ住むしかなかった。数人〜せいぜい20人くらいの小集団。他集団との交流もなく生活も生存も生殖もその血族集団が全てという状態である。初期人類にとっては洞窟がいわば住まいであり、当然だが完全な共同生活だった。
・人々にとって洞窟という住まいはどういう機能を持っていたか? 自然や外敵から身を守るシェルターであり、生活に必要な全ての行為を行う場所であり、仲間と身を寄せ合い、分かち合い、共認充足を得る場所であっただろう。
・同時に精神的な象徴空間でもあった。例えば洞窟壁画、洞窟の奥深くに描かれた絵は単なる外の世界の描写ではない。祈り、未知なる世界への探求と創造、そこには明らかに精霊信仰の痕跡が見て取れる。

■縄文集落
・自給自足の採集生産が基本。自然の恵みで食糧事情は比較的良かったと言われている。集落規模はその地域の生産力で規定され、20〜30人、多くて50〜60人程度と見積もられている。それ以上人口増加すると単位集団に分割されて部族として統合される。
・縄文の住まいと言えば竪穴式住居だが注意すべきは、一軒一軒の独立住居が集合しているのではなく、あくまで「集落全体として存在していた」ということである。そうでないと当然生きてゆけない。
・竪穴式住居にはどんな単位で住んでいたのか、実はよく分かっていない。男女+子どもという生殖単位を想像する者もいるが、集団内役割単位(男女別、階層別など)で住んでいたという説のほうが有力と思われる。
婚姻様式は集団婚(族内婚)、交叉婚(総偶婚)であり、自由な婚姻ではなく、集団全体の統合と一体のシステムである。
・これらを考え合わせると、現代人が思い描くような「家族」→「家族の家」は未だ存在しないと考える方が妥当。家≒私有財産という概念も、プライバシー意識もない。あるのは、集落=集団の縄張り(生存基盤)という意識だろう。
※参考:和島家族論 リンク 
※参考:縄文時代の集団 リンク 
※参考:縄文時代の婚姻様式:集団密度との関係 リンク
・また洞窟時代の住まいが精神的象徴であったのと同様に、縄文集落も単なる生活機能ではなく、「集団統合の象徴」であった。これは三内丸山遺跡、環濠集落、富士山信仰の集落(千居遺跡、牛石遺跡)などを見ても明らかである。

■農村の民家・集落(古代〜中世〜近世)
・弥生時代以降、大陸民族流入、生産力上昇などの要因によって日本人の集団と住まいの様相も変化する。ただし、上層階級(貴族、武家)から家体制も拡がるが、農村の庶民は縄文時代と基本骨格はあまり変わらなかったと思われる。
・農村の村落共同体においては、自給自足の農業・採集生産が基本であり、生産と集落・居住が一体であることは変わらない。
・いわゆる家族居住(大家族)も登場するが、それが生産単位≒生殖単位≒居住単位かというと実態はそうでもない。若者宿、娘宿といった集団内役割や階層別の共同生活も残っている。
婚姻様式は集団婚の名残りである夜這い婚、通い婚が主流。また水田経営や土木、水管理などの生産課題、集落の集団統合課題も共同であり、そもそも生産(農)も、村落運営も、家族単体では存立しえない。おそらく、家≒私有財産という概念もプライバシー意識も浸透していない。ここでも一軒一軒の独立住居が集合しているのではなく、あくまで集落全体として存在していた。
※参考:日本の農村は世界でも稀な『共同体』だったのはなぜか? リンク 
※参考:日本の村落共同体とは? リンク 

■都市の町屋・長屋(近世〜)
・庶民の集団と住まいが大きく変化するのが江戸時代、市場化→都市化によって農村から都会へ人口が大きく移動したことによる。
・村落共同体を離れた大量の町人、職人=都市生活者の多くは長屋(裏長屋)の借家住まいであった。長屋暮らしの実態は、リンク  リンク  リンク など。人情こまやかな生活を送っていたことが伺われる。現代風に言うと長屋はシェアハウス的である。
・市場社会の波が押し寄せる中、村落共同体という基盤、集落という基盤は徐々に失われてゆく。根無し草となった都市生活者から一対婚、家≒私有財産意識も拡がってゆく。ただし、当時は固定的な一対婚は少なく離婚も頻繁で、自分の家族、自分の子どもといった現代的な「家族意識」はまだ希薄であった。
・江戸時代の「長屋」は、市場社会→都市化という大きな社会の転換期に登場した、失われてゆく共同体の代替物であった。市場社会の行き詰まりを迎えている現代に登場したシェアハウスと対比してみると興味深い。
※参考:江戸庶民は長屋の共同体で精神的に豊かに生活していた。リンク 
※参考:都市部にも共同体が形成された江戸時代 リンク 

★洞窟時代から江戸時代までの集団と住まいの歴史を概観したが、庶民の住まい・集落はずっと「共同的」、シェアされるものであった。むしろ近代以降の家族意識、家意識のほうが特殊である。
★転換点となったのが市場社会→都市化。しかしそこでも庶民は長屋という疑似共同体を形成していた。これに加えて決定的な変化をもたらすのが明治以降の「近代観念」。私権の正当化によって「近代固有の家族像」が観念として共認されてゆくことによって、集団と住まいのありようは大きく変わることになる。
※参考:明治時代〜民衆は「家」と「国」に嵌め込まれていった リンク 
 
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