世界各国の状況
293326 「共同富裕」を実現した中国一の金持ち村、華西村
 
ハイネケン 14/08/08 PM09 【印刷用へ
中国は都市と農村で貧富の格差が大きいのだが、例外もあるようだ。
以下は、毛沢東思想が理想としていた「共産社会」を、「共同富裕」として村民皆で村の利益を分配して発展し貧困を克服したという華西村の事例である。

文化大革命の時代、このままでは村が食べていけないという危機意識から、華西村は共産党にばれないようにネジ工場を運営、この収入で村の飢えを脱した。

ここで注目すべきは、村民全員で等しく富を分配し、それで村全体が豊かになったということだ。

以下は「テレビに映る中国の97%は嘘である」 小林史憲著
の第二章 中国一の金持ち村−328メートルの高級ホテルから観た異様 の要約です。


■中国一の金持ち村

江蘇省の華西村(かせいそん)。上海からおよそ100km西に位置する村。
この村にはシンボルとも言える72階建て地上328メートルの超高層ビルがある。
横浜ランドマークタワーよりも高い。

華西村の入口には、「天下第一村」と大きく書かれたゲートがあり。それをくぐり抜けると、道の両脇にはヨーロッパの別荘のような高級住宅が立ち並ぶ。庭にはプールやバスケットゴール、車三台分の駐車場などまである。

この超高層ビルは通称「新農村ビル」と呼ばれる。
これまでの農村のイメージを覆したということから、こう名付けられたそうだ。
華西村成立50周年を記念して建てられた。

出資したのは一部の村民たち。各世帯が1000万元(約1億2000万円)を出資、計30億元(約360億円)を集めて建設された。
ビルにはホテル、レストラン、会議場、展望台、さらに数百戸の住宅が入っている。
(外は団地のようなアパートや工場しか見えない田舎で、誰がこの村でこんな高級ホテルに泊まるのか)

1960年台、当時の共産党は頑張って成果を上げている村を「モデル農村」のようなかたちで全国に紹介していた。華西村は、昔から模範的な村だった。

この華西村。1961年、行政区分の変更で、周辺の村が一緒になって誕生した。当時の人口は1500人ほど。稲作を中心とする貧しい農村だったという。とは言え、当時は農村はどこも等しく貧しかったのだが。

中国が文化大革命に突入していた1960年代、華西村は、農業だけでは食べていけないと、小さな工場を建てた。そこで、ネジなどの金属加工製品の製造を始めた。すると、当時の農機具は壊れやすかったため、周辺の農民たちの間で華西村の製品が評判となり、爆発的に売れた。

当時、中国の農村は、共産党の厳しい管理のもとで、集団農業を強いられていた。職業選択の自由はなく、農村が工業をやるなんてもってのほか。農業も、地域ごとに収穫目標が定められ、共産党幹部が定期的に見回りに来ていた。そのため、工場の存在は村民だけの秘密だったという。

その工場は当時のまま保存されている。レンガ造りの粗末な建物。農機具の倉庫のようにしか見えない。鉄格子付の50センチ四方の窓は高い位置にあり、外から覗けないようになっている。


■村のリーダー

リーダーは呉仁宝氏。83歳(2011年当時)
呉は華西村が誕生した1961年に、33歳の若さで村のリーダーになった。以来、50年にわたって村を率いてきた人物。

ネジの工場を始めたのも呉である。共産党の厳しく強大な支配体制のもと、時にはその監視の目を盗み、それでも敵に回すことなく、文化大革命や改革開放政策の行われた激動の時代を乗り越えて村を守ってきた。

「共産党のリーダーたちが検査に来たときだけ、みなで田んぼに出て農業をやっている姿を見せた」
「当時、53万平方メートルの田んぼがあったが、村の収入はたったの5万元。工場は、最初の1年に30万元を稼いだ」

最初の工場が成功したあと、呉は村の事業を次々に拡大。時代は文化大革命も終わり国全体が経済の建て直しに向かう時期。共産党幹部の監視も緩くなっていた。

1978年。中国はトウ小平のもとで改革解放政策に転じる。そのとき、華西村は資金力やノウハウにおいて、すでに他の地域より一歩先を行っていた。

いまや村は、60もの村営企業を持つまでに成長。株式会社化して上場し、取得した2010年の総売上高は約500億元(6000億円)。利益も」35億元(約420億円)に上った。最大の収入源は鉄鋼業で、海外にも輸出するほどだった。

また呉は農業も改革した。それまで農民がバラバラに耕していた農地を集約して、大規模農場へと転換した。それを企業が一括して管理、農民は社員として給料を受け取る仕組みを構築した。

このように呉は、社会主義の中国で、いち早く資本主義的なやり方を取り入れて、村を発展させてきた。

「経済の管理を強めなければならない。稼いだ金を個人個人が勝手気ままに使ってはいけない。聡明なリーダーの判断で、最も必要なところに投資していかなければならないのだ」


(つづく)
 
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