次代の活力源は?
291088 新解釈「不惑」とは「不或」。従来の枠にとどまらないこと
 
がっちゃん ( 大阪 ) 14/06/08 PM10 【印刷用へ
 論語に、「子曰く、吾(わ)れ十有五にして学に志ざす。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳従う。七十にして心の欲する所に従って、矩を踰えず」という有名な言葉があります。

 しかし、現代「四十にして惑いっぱなし」と感じる人が多いようです。
 時代の違いかと思っていたのですが、「四十にして惑わず」は、「従来からの自分の枠組みの中にとどまっていてはいけない。ブレイクスルー、つまり壁を突き破り(現状を打破し)、一歩前進することが求められている」とも解釈できるそうです。
 これなら現代でも多くの人が共感できるのではないでしょうか。


以下「「働かないオジサン」は40にして惑いっぱなし」リンク より紹介します。

「四十にして惑わず」には、異説があって、孔子がこの発言をした当時は、「心」という概念がまだなく、本当は、「惑」ではなく、「或」の文字だったという説があるらしい。「域」「國」は、「ある特定の範囲」という意味なので、この「四十にして惑わず」は、「従来からの自分の枠組みの中にとどまっていてはいけない」と解釈するという説を聞いたことがある。

 辞書や書籍をいくつかあたったが、この説を裏付けられるものは得られなかった。しかしこのように解釈すれば、「吾れ十有五にして」から「七十にして矩を踰えず」の人生の流れがスムースに読めるとともに、孔子自身の経歴とも一致するのである。

 ブレイクスルー、つまり壁を突き破り(現状を打破し)、一歩前進することが求められていると読めるのである。
 
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291198 「心の欲する所に従って、矩を踰えず」は、人格の完成を詠ったのではなく、気力の衰えを嘆じたもの がっちゃん 14/06/12 AM00

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