恋愛って、何?結婚って、何?
290761 明治期における「恋愛」観念輸入の実態 
 
西谷文宏 ( 37 和歌山 建築設計 ) 14/05/30 AM02 【印刷用へ
>かつて、日本の結婚には見合いというものがあって、恋愛感情がないまま結婚することは珍しいことでも何でもなかった。(289362

日本において「恋愛」と言う観念は、明治期に所謂”文化人”によって西欧から輸入された観念だが、輸入された当初はその中身・実態が当初の日本人の意識とあまりに乖離していたため、言葉としてもなかなか広がらなかったようである。
文壇で新しい観念として取り上げられてから、定着するまでに20年程度を必要としており、坪内逍遙や幸田露伴などの明治期の小説家が自らの小説の中で「恋愛」と言う言葉を使い始めるのが概ね明治20年前後である。

もちろん庶民の間では「恋愛」と言われても何を意味しているのか、その意味は全く解らなかった。当時の日本では婚姻制度と「恋愛」は全く繋がっておらず、恋愛感情にとらわれることはなかったし、それが婚姻の判断になることもなかった。それどころか、「色恋」とは日常生活の中での関係ではなく、遊女との非日常的な関係性を意味したと言う。

西欧文化・観念に浸り、積極的に日本に輸入しようとした文化人は、「恋愛」を至上のもの(深く魂より愛する)と位置付けようとしたが、このような庶民生活の実態の中で、「恋愛」観念は全く定着せず、その観念は文化人などごく一部の人々(の頭の中)と小説の中と言う架空空間でしか成立し得なかったと言える。

以下、『立命館言語文化研究 19巻4号 「恋愛」をめぐって─明治 20年代のセクシュアリティ─ 山根 宏著)』より引用
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明治期における翻訳語の研究の第一人者である柳父章は『翻訳語成立事情』の中で「恋愛」も取り上げている。それによると,「恋愛」の語が最初に見えるのは『英華事典』(1847年− 48年,1866年− 69年)であるが,そこでは動詞のみで名詞としては使われていない。翻訳の中では早くも明治3年−4年に中村正直が『西国立志編』で「李(リー)嘗テ村中ノ少女ヲ見テ,深ク恋愛シ,」と使っている。恐らくは英華事典に拠ったものであろう。
日本で作られた辞書に初めて「恋愛」が登場するのは明治 20年の仏学塾『仏和辞林』で,amourの訳語としてである。
以上の「恋愛」前史を紹介した上で柳父は巌本善治が明治 23年 10月の『女学雑誌』に掲載した『谷間の姫百合』という翻訳小説について論じた文章を引いている。

”訳本を評するには文章の外か言うふべき所あらず。更に一事の感服する所ろ及び承知しがたき所ろを挙れば,訳者がラーブ(恋愛)の情を最とも清く正しく訳出し,此の不潔の連感アッソシエーションに富める日本通俗の文字を,甚はだ潔ぎよく使用せられたるの手ぎはにあり。例せば,私の命は其恋で今まで持てゝ居ります。恋は私の命ちで私に取りても此外には何の楽しみも願いもありませぬ。・・・あなたは実に男一人の 腸はらわたを寸々すたずたにしました。一生を形なしにしました。の如き,英語にては“You have ruined my life” など云ふ極めて適当の文字あれど,日本の男子が女性に恋愛するはホンノ皮肉の外にて,深く魂(ソウル)より愛するなどの事なく,随つてかゝる文字を厳粛に使用したる遺伝少なし”

(中略)

巌本があの(上記の)文章で主張したかったのは,「恋愛」という言葉の必要性ではなく,このように新しい言葉を使いながら,いぜんとして変わらない日本の男女の愛,とりわけ男の愛のあり方に対する批判であった。新しい器である「恋愛」が新しい中味で満たされること,巌本の言葉を使えば,「深く魂(ソウル)より愛する」こと,それが巌本がこの言葉に託した思いであった。
キリスト教徒であった巌本は「神の愛」と「男女の愛」を区別する必要性を感じていたであろうが,キリスト教とは無関係なところで,新しい時代の言葉として「恋愛」が使われ始め,しかもその実態が,それにふさわしいと巌本が考えるようなものになってないことに巌本は苛立ちと憤りを覚えていたに違いない。

では,巌本とは別のところで使われだした「恋愛」とは何であったか,なぜそれが必要と感じられたのか。それには,それまでの「恋」が何を表し,何を表していなかったのを探る必要がある。
明治になって欧米の文学作品が数多く紹介されたとき,それを読んだ当時の日本の読者が何にいちばん驚いただろうかと想像してみよう。原文であれ翻訳であれ,読まれたものの中には男女の恋物語も混じっていたはずである。19世紀半ばまでのヨーロッパの近代文学に描かれた恋物語の多くは普通の人々の恋,「市民社会」の中で認められた恋であった。
一方,同じ時期の日本の文学を考えれば,江戸末期の人情本が描くのは「世間」から隔絶した遊里を場とする「恋」であった。
『当世書生気質』は明治 10年代の東京を舞台に数多くの書生の生態を描いた小説であるが,彼らを取り巻く女たちは依然として娼妓,芸妓およびその周辺に限られている。

江戸時代には素人女を表す言葉として地女が使われていたが,地女に求められたのは日常の安定(社会秩序の遵守)と再生産機能(出産と子育て)であり,遊女はこれと対極的に日常からの逸脱としての恋愛を提供するのがその務めであった。性欲という極めて日常的な欲望を非日常的な恋愛に変えてみせるのが遊女であったといってもいい。
娼婦はむろんヨーロッパの国々でも見られたものであるが,日本の場合は,近世に入って廓,遊里という閉じられた領域が作られ,そこでさまざまな遊芸が生まれ育つ独自の文化空間を形成したところに特色がある。
それは客が娼婦と部屋で会って性欲の充足を求める密室ではなく,美に囲まれた非日常文化を体験し,約束事である「恋」という快楽に身をゆだねる空間であった。沖浦和光は『「悪所」の民俗史』で「真の「色事」は婚姻制度の埒外で発生した」とまとめている。
江戸時代の武家や商家では家の維持,農家にあっては労働力の確保と老後の面倒を見てくれる子どもを産ませるために結婚が必要であった。結婚は男のライフサイクルの一環として想定されてはいたが,それにいたる過程では求める条件に適うかどうかが判断の基準となり,当人同士の愛情は必要とされなかった。「愛」であれ「恋」であれ,それは別のところに求めるべきものであった。

巌本が「不潔の連関に富める日本通俗の文字」と罵ったように,遊里と結び付けてしか恋を考えることのできなかったのが日本であったとすれば,ヨーロッパ近代文学に見られる男女の恋のありかたに衝撃を受け,「市民社会」の恋を表す言葉として「恋愛」が使われたとしても不思議ではない。

(中略)

このような恋がありうることを知って,明治の日本人は,日常から逸脱した遊びとしての「恋」ではなく,自分の人生に関わるものとして「恋愛」を想像することができるようになった。とはいえ,それは言葉として広まり始めただけであって,日本はその現実的な姿を見せるまでには至っていない。

(引用終わり)
 
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