否定脳(旧観念)からの脱却
289248 何が震災後に論じられるべきか
 
山田徹 ( 会社員 ) 14/04/13 PM03 【印刷用へ
日本の共同体は戦後欧米化と市場化により、解体されつつあると思いますが、それでも東日本大震災にもみられたように、根底にある共同体が日本の復興の力となったといえます。どんな危機に直面しても、日本再生のきっかけとなる基盤が共同体だと思います。

何が震災後に論じられるべきか
「戦後レジーム」を脱却し「国家と共同体」の復興へ
からの引用です。

(以下引用)

◇顧みられなかった「共同体の価値」

 もう一つ、震災が明らかにしたのは共同体、とりわけ家族の重要性である。
 子供を助けようと津波に呑まれた父親、行方不明になった親、子、夫、妻を探し続ける人たち……そんな悲しい事例が数多く報じられている。家族の死を認めることになるからと言って弔慰金支給の手続きをしない人さえいるという。

 一方、津波で亡くなった子供が悲しむからと生活を立て直そうとする夫婦、亡くなった祖母のために看護師になりたいと言う中学生……。大震災は家族のなかでこそ人は人たり得るという厳粛な事実を明らかにし、日本人をして家族の価値にも目覚めさせたと言えよう。

 同様のことは地域の共同体についても言えよう。今回の大震災では、救援の手の及ばなかったなかで地域単位で共同して避難し被害の拡大をくい止めたケースがいくつも見られたという。これは東北にはまだ伝統的な地域の絆が残っていたからこそ可能だったのであり、無縁社会が拡がる都市部が同じ災害を蒙ったら被害はこの程度では済まなかったとも言われる。民主党がいう「新しい公共」とは逆の、「伝統的公共」が、多くの人々の命を救ったとも言える。

 一方、家族や地域といった共同体の価値を顧みることなく、むしろ積極的に否定してきたのが戦後の日本だったのではあるまいか。

 教育では、個人の選択が何にもまして価値あるものとして、逆に家族の絆は個人の選択に制約を加えるものとして教えられてきた。夫婦別姓や男女共同参画といった政策論議では、「家族単位から個人単位へ」こそが時代の流れだと語られてきた。

 むろん、そんな雰囲気の根底には憲法がある。日本国憲法は家族尊重の規定を持たず、「すべて国民は、個人として尊重される」と、「個」の尊重こそが最高の価値だと規定した。「『個人の尊厳』の行き着くところは、場合によっては『家族の解体』にまでつながっていく論理を含んでいる」(樋口陽一)と、「個の尊重」という憲法の論理を貫徹するためには家族の解体が望ましいと明言する憲法学者すらいる。

 また、匿名で生活できる都会こそ、しがらみのない自由が満喫できる空間だと考えられ、地域の共同体などは専ら煩わしいものとして顧みられることはなかった。民主党が主張する「新しい公共」政策は、そうした地域共同体は「古い公共」だとして解体・再編の対象としている。

 しかし、大震災が明らかしたのは、家族の絆や地域共同体の重要性であった。「個」がいかに強調されようと、「個」だけでは生きられないという厳粛な事実であった。その意味で、大震災はそうした戦後日本の価値のあり方に根本的な反省と総括と、「共同体の価値」の再興を迫っていると言えよう。
 
◇「戦後レジーム」の正体

 ここまで、ごく大まかではあるが、国家と共同体の視点から大震災が明らかにした問題を整理してきたが、いかに戦後の日本がバカげた雰囲気のなかにあったかという事実が、震災が見せてくれたものとの対照のなかで、鮮明となったと言えよう。まさに渡辺利夫氏が言うように「大震災以前、多くの日本人は国家と共同体に価値を求めず、自由な個として生きることを善しとする気分の中に漂っていた」(産経新聞・四月二十一日)のである。

 また、既に述べたように、そうした「気分」を生み出してきたのが戦後の憲法であり、教育であり、マスコミであった。そんな空気のなかで日本人は「国家と共同体の価値」が見失ってきたと言える。「戦後レジーム」という言葉があるが、日本人をして「国家と共同体の価値」を見失わせたものこそ「戦後レジーム」の正体と言えよう。

 その意味で、そうした「戦後レジーム」から「国家と共同体の価値」への転換が震災後の根本的テーマであり、憲法や教育、さらにはマスコミ論調などが総括され見直されねばならない。そこに「日本復興」の出発点があると言えよう。
 
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