子育てをどうする?
288824 「早期教育」でなく「大器晩成」
 
THINKER・鶴田 HP ( 40代 名古屋 自営業 ) 14/03/30 PM07 【印刷用へ
 早期教育は70年代の第一次ブームの後、90年代に脳科学の発見を誤用・悪用した第2次ブームが起き、現在に続いている。今ではその弊害も多く語られるようになった。ひと昔前の英才教育よりソフトに大衆化された分、過度なケースを除き、多くの場合はさしたメリットもデメリットもないようだが、低年齢化した分、その弊害は大きい。

それは、母子が分離されることによる情緒の発育不良というデメリットの他、特殊な知的訓練に時間とエネルギーを費やす分、生活面の成長に遅れが生じることが挙げられる。またミラーニューロンの成長が活発な幼少期、子供は母親の多様な生活行動を見て体験していく。この貴重な時期に子供を切り離してしまう早期教育は、低年齢保育と同様に脳の発育に少なからず、影響を与えることだろう。(早期教育でも親子教室など、子供と二人だけで煮詰まってしまう親子の気分転換になるメリットは否定できないが……)

人間が幼少期に獲得しなければならない能力は実に多くある。言語、他者との共感、生活行動、善悪の判断、社会性などなど。脳が多面的に成長する時期に人為的に個別の能力を特殊な形で訓練をすることの弊害は無視できるものではない。
さらに早期教育は、その分野に関わらず、幼少期に得られた能力が持続しない例も多く、数年も経たないうちに早期教育を受けていない子供に追いつかれてしまうことも報告されている。

その他に後の人生で大きな影を落とすと考えられるのは、自我や好奇心の喪失だ。
早期教育の種類と子供の相性、取り組み度合い、親の態度にもよるが、目的を持った「早期教育」と無目的の「遊び」には大きな質の違いがある。子供の自我・好奇心・自由意思は、無目的の遊びの中でこそ養われ、それは生涯の宝となる。この時期に養わなければ、後の生涯でそれを育てることは難しく、無気力な人間で一生を終わることもある。極端な例では、引きこもりのまま成人した若者は外の世界に興味を持てず、社会復帰が難しい。幼少期に何らかの要因で自我が潰されると好奇心のない大人になる。早期教育が唯一の原因ではないにせよ、その原因となり得る危険性が潜んでいることには注意が必要だ。幼少期には適切な愛情・保護・しつけ、それと子供の遊びたい意思と好奇心を尊重することが重要であり、個別の能力開発などはそれに比べたら瑣末なことである。幼少期の専門的な能力開発はごく一部の天才を除けば、ほぼ必要ないと判断して良いだろう。

では、早期教育ではなく、子供に専門的なことをやらせるにはいつ頃が良いだろう。
子供を小さな大人とみなして、知的な事柄や専門的な訓練を施すことは、近代以前にも世界中で行われてきた。中世ヨーロッパの徒弟制度や江戸時代の丁稚奉公などだ。徒弟入りは7、8歳、丁稚は10歳前後から始められたが、どちらも職業訓練が目的で子供のために考えられたものではなかった。子供の意思と幸せを優先して考えると、専門的な事柄を始めるのは、自分で物事を判断できる9歳すぎが適当だろう。

親が離婚し、裁判で親権者が決定される際にも、9歳以上であれば子供の意思が尊重される。この頃には自我が根付き、明確な自由意思を持つようになるからだ。この裁判の判定基準は子供の幸福を第一に考えたものだから、教育面で適用されてしかるべきだろう。

9歳というのは、子供の持つ特殊能力(絶対音感など)の習得に適した臨界期を過ぎた後であり、早期教育の理念に反する。しかし、90年代以降、脳科学の分野で発見された敏感期や臨界期の存在は、早期教育を正当化するものではない。ある時期に脳のある特定部位が急成長するという、単なる断片的な情報にすぎない。それを悪用したのが今の早期教育だ。脳にはゆっくりと成長する部位もある。また脳には刺激系と抑制系があり、強すぎる刺激や単一の刺激は脳全体の発育にはかえって有害と指摘する脳科学者も多い。

人生は長い。人間は競走馬ではない。ましてや変動の多い時代。子供が老年になる程、先の未来は予測できない。どんな時代になろうとも、強い意思と好奇心を持って生き延び、一生かけて成長し続ける人間になってほしいと望むのであれば、近視眼的で生き急がせるだけの早期教育は不要。「大器晩成」型のゆったりとした子育てが良いとおもう。
 
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