古代社会
288746 ユダヤとペルシャの歴史8〜大秦国=古代ローマ帝国〜
 
五芒星 14/03/28 AM02 【印刷用へ
「失われた徐福のユダヤ人「物部氏」の謎」(飛鳥昭雄著)の「第7章 消えた東ユダヤ人とペルシャの謎」からお送りします。中国では、「「秦」とはユダヤ人、もしくはイスラエル人を意味する暗号」ではないか?という。その意味で言うと、半島の秦韓、五胡十六国の前秦・西秦・後秦も彼らが関係していたのかもしれません。
-----------------------------7より
●大秦国=古代ローマ帝国
 古代オリエントの覇権は、アケメネス朝ペルシアからマケドニア、セレウコス朝シリア、そして古代ローマ帝国へと移る。このうち、セレウコス朝シリアの中心地、セレウキアには後にネストリウス派キリスト教の拠点が置かれる。唐の景教寺院が波斯寺から大秦寺に改名した理由のひとつとして、拠点のあったササン朝ペルシアの滅亡にともない、もとのシリアの名称に戻したという説がある。それに従えば、大秦国とはシリアのことだとも解釈できるのだ。
 
となると、だ。セレウコス朝シリアの次に大秦国の名前を継ぐのはそう、古代ローマ帝国ということになる。古代ローマ帝国に対する中国の呼び名は「藜軒(らいけん)」や「拂菻(ふりん)」などいくつかあるが、そのひとつに「大秦」がある。後漢の時代、西暦でいうと紀元166年、古代ローマ帝国の皇帝マルクス・アウレリウス・アントニヌス、中国名で大秦王安敦から使者がやってきたという記録があるのだ。

 なぜ古代ローマ帝国を大秦と呼んだのか。その理由は、古代ローマ帝国が中国のように偉大な国であることから、大秦と名づけたのだという。

 しかし考えてみると、これは妙である。古代ローマ帝国を大秦と呼ぶようになったのは、紀元後、後漢の時代になってからのことである。しかも、この当時、中国は漢王朝である。中国を意味する秦は先代王朝であり、かつ漢王朝が滅ぼした国である。秦始皇帝はもちろん、秦を興した人々が漢民族ではないことを考えると、中国のように偉大な国の名前としてわざわざ大秦と称す必要がわからない。本気でそう思っているならば、大漢と呼ぶほうがよほど筋は通っている。

 あえて滅ぼした王朝の名称にちなんで、異民族の国名にしたのはなぜか。素直に考えるならば、秦始皇帝の秦帝国も古代ローマ帝国も漢民族からすれば、ともに異民族の国家だからではないのか。どれだけ偉大な国かわからないが、中華思想からすれば、自らのアイデンティティである漢の文字を異民族の名称に使うはずがない。古代ローマ帝国に対して大秦という名前をつけたということは、逆説的に秦はもちろん、秦始皇帝の秦帝国は漢民族の国家ではないことを如実に示しているといっていいだろう。

 そこで、改めて秦という文字を含んだ国の名を並べてみよう。周の時代の秦、秦始皇帝の秦帝国、大秦=アケメネス朝ペルシア、大秦=バクトリア、大秦=セレウコス朝シリア、大秦=古代ローマ帝国と、中国の国以外は、すべてユダヤ人がいた国である。帰納的に考えるならば、そもそも「秦」とはユダヤ人、もしくはイスラエル人を意味する暗号だったのではないだろうか。

 景教の経典『大秦景教宣元本経』には「大秦国那薩羅城」という一節がある。大秦国を古代ローマ帝国と読めば、これは「古代ローマ帝国のナザレ城」となる。いうまでもなくナザレとはイエス・キリストが生まれた町で、聖地エルサレムの南にある。帝国という意味では確かに古代ローマ帝国の領土内ではあるが、国という意味では属国となってはいたものの、ナザレはユダヤの町である。

 また「大秦景教流行中国碑」には、聖母マリアからイエス・キリストが誕生した記述として「室女誕聖於大秦」という文言がある。古代ローマ帝国でイエス・キリストがマリアから生まれたと解釈するよりも、ここは地域を限定する意味でも、ユダヤにおいてイエス・キリストがマリアから誕生したと解釈すべきではないだろうか。こうした事実を踏まえ、日ユ同視論を研究した三村三郎民はこう述べる。

「大秦とは耶蘇教の発祥地、すなわちイエスの生国なる猶太国を指していることは当然である」(『世界の謎 日本とイスラエル』三村三郎著)

三村氏がいうように「大秦」がユダヤのことであるならば、大の文字を冠しない「秦」もまたユダヤもしくはイスラエルに関係した名前ではなかったか。あらためて中国におけるほかの秦国について検証してみよう。
-----------------------------9に続く
 
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