市場は環境を守れない、社会を統合できない
287135 グローバリズムと開発1 アフリカ、日本、フランス、3つの文化の自然観
 
岡本誠 ( 60 兵庫 経営管理 ) 14/02/09 PM03 【印刷用へ
グローバリズムと開発が進む中、西アフリカの旧モシ王国、フランス、日本の3つの文化を対比することによって、文化の未来について考えてこられた文化人類学者川田順造氏の、新世紀に拠って立つべき価値観について、WEB講座より紹介します。

アフリカ、日本、フランス、3つの文化の自然観(リンク

―――――――――――(以下、引用)――――――――――――
 「文化の三角測量」ということを提唱しはじめて、およそ30年経ちます。遠くへ、限りなく異邦の地へと憧れた20代に、アフリカという日本とはまったく異なる価値観・文化をもつ地域を研究テーマに選び、アフリカについて深く学ぶためにフランスを拠点とすることで、日本とアフリカ、フランスの3つの文化を行き来し、その文化の基盤をなすものを見つめてきました。

 地理上の位置を定めるには、二点間の距離を測るのではなく、他の一点を加えた三点を基にした三角測量が有効ですが、それと同様に、文化を比較するときも、従来なされてきた東西比較だけでなく、現代の問題を考えるのに不可欠な南の視点を加えることによって、それぞれの文化の基層をより深く掘り起こし、相対化することができます。日本が近代化の過程でお手本としてきたヨーロッパ、そして人類の発祥の地でありながら、いわゆる「近代化」から取り残され、日本から距離も心情的にも遠く離れた西アフリカ内陸の文字をもたないモシ人の文化、そのそれぞれの2つを、他のひとつを測る参照点としてみるわけです。

 たとえば「自然」について考えてみましょう。
 アフリカというと、はてしない草原をシマウマやライオンが駆け、ゾウやキリンがたたずむ広大なサバンナの風景を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。西アフリカのサバンナに暮らす中で私が痛感したのは、現代の日本人が「美しい自然を守れ」という場合の自然とは、アメニティーのための自然にすぎないということです。

 サバンナでは、人間は荒々しい自然の前に無力です。1年の3分の2を占める乾季、ことに10月から3月までの6か月間は、一滴の雨も降らず、激しい乾燥がサバンナをおおいつくし、草原は白く枯れてしまう。雨季には1300ミリ前後の豪雨が集中して降りますが、この雨が不規則だったり、時期がずれたり、多すぎるか少なすぎるかすると、たちまち飢饉におそわれます。そして病気。雨季のはじめには湿度が増し、気温がぐんぐん上昇して、夜になっても40度の日が続く。子どもや若い女性が脳脊髄膜炎であっけなく死んでいきます。アメーバ赤痢、マラリア、象皮病などの細菌の病気や、原虫・寄生虫の病気、肝炎、破傷風……。生命35億年の歴史の最後尾に登場した闖入者である人間が、自然の中でどうにかこうにか生きる場を与えられている──それが実感です。

 サバンナの自然が「荒ぶる自然」だとすると、日本の文化の中に位置づけられた自然は「雅びな自然」でしょう。台風や地震、津波、洪水、噴火…などの自然の猛威を畏怖し、祀り遠ざける一方で、私たち日本人は白砂青松や山桜、紅葉、水の流れなど、限られた範囲内での馴化された自然を、和歌や俳句、山水画に代表される約束事にしたがって愛で、慈しんできました。

 そしてフランスはといえば、自然も征服の対象です。旧約聖書「創世記」に、神が自らの姿に似せて人間をつくり、他の動物を人間が役立てるようにつくったとありますが、人間が全能の神に指名された主人として自然を利用するという、人間中心主義的な自然観がベースになっているんですね。
 日本では、国土の70%を占める「山」は人が住めません。山姥や山男、山イヌの住む人間の手に負えない野性の世界です。かたや、フランスをはじめ西洋人にとっての「山」は、アルプスの上でも家畜を放牧したり、快適な生活が営める快適な場所。彼らにとって人間の手の届かぬこわい場所、オオカミが出てきたり小人や精霊が住んでいるのは、「森」なんです。ヨーロッパの人たちにとって、「野蛮」を示すsauvageとかsavage、あるいはwildというのは、みなsilvaとかWald、つまり「森」という言葉からきています。家や里に対する「異界」を示しているわけです

(つづく)
 
  List
  この記事は 262189 への返信です。
  この記事に対するトラックバックURL  http://www.rui.jp/tb/tb.php/msg_287135
  ※トラックバックは承認制となっています。

 この記事に対する返信とトラックバック
287137 グローバリズムと開発2 農耕文化を対比してみると 岡本誠 14/02/09 PM03

[過去の記事へ]
[一覧へ戻る] [新しい記事へ]


◆実現論本文を公開しています。
 実現論 : 序  文
 第一部 : 前  史
 第二部 : 私権時代
 第三部 : 市場時代
 第四部 : 場の転換
 参考文献

 必読記事一覧
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28
大転換期の予感と事実の追求
実現論の形成過程
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(1)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(2)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(3)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(4)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(1)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(2)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(3)
自考のススメ3.自考力の時代⇒「少年よ、大志を抱け」(1)
自考のススメ3.自考力の時代⇒「少年よ、大志を抱け」(2)
1.これから生き残る企業に求められる能力は?
2.私権圧力と過剰刺激が物欲を肥大させた
3.市場の縮小と根源回帰の大潮流
4.共認回帰による活力の再生→共認収束の大潮流
5.自我と遊びを終息させた’02年の収束不全
6.同類探索の引力が、期応収束を課題収束に上昇させた
7.情報中毒による追求力の異常な低下とその突破口
8.大衆支配のための観念と、観念支配による滅亡の危機
9.新理論が登場してこない理由1 近代観念は共認収束に蓋をする閉塞の元凶となった
10.新理論が登場してこない理由2 専門家は根本追求に向かえない
11.学校教育とマスコミによる徹底した観念支配と、その突破口(否定の論理から実現の論理への転換)
12.理論収束の実現基盤と突破口(必要なのは、実現構造を読み解く史的実現論)
近代思想が招いた市場社会の崩壊の危機
新理論を生み出すのは、専門家ではない普通の生産者
現実に社会を動かしてきた中核勢力
私権時代から共認時代への大転換
市民運動という騙し(社会運動が社会を変えられなかった理由)
民主主義という騙し:民主主義は自我の暴走装置である
統合階級の暴走で失われた40年
大衆に逆行して、偽ニッチの罠に嵌った試験エリートたち
新理論の構築をどう進めてゆくか

『るいネット』は、46年の実績を持つ起業家集団・類グループが管理・運営しています。るいネットワーク事務局(Tel:0120-408-333, E-mail:member@rui.ne.jp