日本人の起源(縄文・弥生・大和)
286384 日本の祭祀氏族4〜忌部氏〜
 
月読尊 14/01/20 AM02 【印刷用へ
『失われたイエスの12使徒 八咫烏の謎(著:飛鳥昭雄・三神たける) 第5章 神道祭祀氏族の正体とアロン直系レビ族「賀茂氏」』よりご紹介します。表の新道は中臣氏は取り仕切っているが、裏の神道は忌部氏が取り仕切っていると著者は言う。大和朝廷が成立する前に葛城氏の祭祀担当が忌部氏とも言われますが、仮にそうだとすると、忌部氏・卜部氏・葛城氏・賀茂氏・尾張氏・海部氏という古代豪族が繋がり、ほぼ、血縁関係で結ばれている可能性が高いと思います。みな同族だった可能性もありえなくはないと思います。
-------------------------------3より
●忌部氏
 天岩戸開きの際、どうして祭祀氏族が集まって儀式を行ったのか。その理由はほかでもない。天照大神が隠れた、すなわち死んだからだ。

 神に限らず、人が死ぬと、日本では家の玄関に「忌中」という貼り紙をする。忌中の「忌」とは、何かを忌むことを指し、いわゆる禁忌、タブーとかいった意味に使われる。こと人が死んだ場合、家族や親戚は婚礼や祝賀行事を忌み、それを行うことを自粛するのが日本の慣例となっている。

 神道祭祀を司る「忌部氏」の名称に「忌」という文字が含まれているのは、もちろん偶然ではない。およそ人の生死にかかわることには、常に儀式がつきまとう。が、その儀式を一般の人間が執行するのはタブーである。神道の伝統では、儀式を行うのは専門の祭祀氏族でなければならない。まさに、忌部氏はそうした祭祀氏族なのだ。

 天照大神が隠れたとき、祭祀氏族が行った儀式は基本的に葬儀である。死んだ天照大神を祀る葬儀こそ、天岩戸開き神話の中核。神道では葬儀に当たって、必ず榊(さかき)を供える。その榊=真坂樹を手にしていたのが天太玉命である。よって、天太玉命の子孫である忌部民こそ、神道祭祀の根幹を担っている一族であるといっても過言ではない。

 ところで、遺体を荼毘(だび)にふす火葬場を「斎場(さいじょう)」というが、これは本来、神を祀った神聖な場所を指す言葉である。「斎」には、何かを清めるとか、神聖さを保つために俗的な行為を慎み、物忌み(ものいみ)するといった意味がある。

 このため、藤原氏の中でも、神道祭祀を行う人々は「斎藤」という姓を名乗った。同様に、803年、忌部宿弥浜底(いんべすくねはまなり)は「忌」を忌み嫌って、忌部を「斎部」と改姓。これに習って、多くの忌部氏が斎部氏と名乗るようになる。

 そうした斎部氏のひとりに「斎部広成(さいべひろなり)」がいる。

 平安初期、宮中儀式が中臣民によって独占されていくことを危惧した彼は、忌部氏の正当性を主張するために『古語拾遺(こごしゅうい)』を時の平城天皇(へいぜいてんのう)に奏上した。ここには忌部氏に関することが詳しく述べられている。

 まず、注目すべきは、記紀にも載っていない天太玉命の系図である。それによると、天太玉命の太祖は造化三神のひとり「高皇産霊神(高御産巣日神)」で、その娘「桍幡千千姫命(たくはたちぢひめのみこと)(万幡豊秋津師比売命(よろずはたとよあきつひめのみこと))」が生んだ子供が天太王命であるという。
 しかも、天太玉命には、5人の配下がいた。彼らもまた、天太玉命とはべつに、忌部氏の祖になっている。

 具体的に述べると、阿波忌部の祖「天日鷲命(あめのひわしのみこと)」、讃岐忌部の祖「手置帆負命(たおきほおひのみこと)」、紀伊忌部の祖「彦狭知命(ひこさしりのみこと)」、出雲玉作(いずもたまつくり)の祖「櫛明玉命(くしあかたまのみこと)」、筑紫・伊勢忌部の祖「天目一筒命(あまのまひとつのみこと)」。このうち、出雲玉作は忌部の文字が見えないが、忌部氏と同族と見て間違いない。

 さて、これら6つの忌部氏の祖神(おやがみ)の中で、歴史的に重要なのは阿波忌部氏の祖、天日鷲命である。天日鷲命は『日本書紀』の一書の中で、櫛明玉命(豊玉命(とよたまのみこと)/天赤玉命(あまのあかたまのみこと))と並んで名が記されており、天岩戸開きの際、真坂樹=榊に木綿の白和幣(しらにきて)をつけたとされる。この故事により、阿波忌部氏は代々、儀式に使用する木綿や麻布を朝廷に貢上。特に、天日鷲命直系の忌部「三木氏」は「御衣御殿人」として任命されており、彼らが作る麻布は、大嘗祭で新しい天皇が着る麁服(あらたえ)の材料とされる。

 第3章で述べたように、大嘗祭とは皇太子が一度死んで、天皇として複活する儀式。そこで着る真っ白な麁服は、ひとつの死に装束でもある。これを見ても、いかに忌部氏が神道儀式の重要な部分を担っているのかを伺い知ることができる。ちなみに元総理大臣の三木武夫氏は、ここの三木一族の人間である。

 また、天太玉命の孫にあたる「天富命(あめのとみのみこと)」は、阿波忌部氏を率いて東国へ移住。千葉県の房総半島の先に太玉命神社(後の安房神社)を創建し、故郷の阿波国にちなんで安房国と名づけたという。以後、安房忌部氏は関東の神社に強い影響力をもつことになる。

 以上、忌部氏についてざっと紹介したが、これはまだまだ表である。問題は、ここに記されていない忌部氏。いわば隠された忌部氏とでもいおうか。そんな一族が存在する。彼らは忌部氏の「忌」の字も出さないが、実際は忌部氏中の忌部氏。天皇の祭祀儀式いっさいを影で取り仕切っている。しかして、その素性を知る手がかりは、葬儀とは一転、華やかなる祭りの中にある。
-------------------------------5に続く
 
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