歴史
283155 『続・日本の歴史をよみなおす』網野善彦著 その2
 
岸良造 ( 60 香川 技術者 ) 13/11/08 AM01 【印刷用へ
その2
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【廻船を営む百姓と頭振(水呑)】
 ところが、さらに勉強しているうちに、われわれがほんとうに愕然と驚いた事実がでてきました。
 江戸初期、時国家と姻戚の関係にあり、深い因縁をもっている柴草屋(しばくさや)という廻船商人が、町野川の河口の港で活動しています。戦国末期のころ、内浦の庵(いおり)にも柴草屋がいたことがわかっていますので、おそらくその名跡(みょうせき)を継いだ廻船商人で、大船をニ、三艘持ち、日本海の廻船交易にたずさわっていたのだと思われます。この家から時国家が、江戸初期に百両の金を借用していますから、柴草屋はそれだけの金を融通できる財力を持つ、富裕な廻船商人であったことは間違いなく、宮本常一さんもこの家に注目しています。
(《続・日本の歴史をよみなおす 第一章 日本の社会は農業社会か》P.242)

 ところが、文書を江戸時代前期まで読み進めていったところ、われわれは、この柴草屋が頭振(あたまふり)に位置づけられていることに気がついたのです。加賀・能登・越中の前田家領内では、石高を持たない無高の百姓を「頭振」とよんでいます。しかし、能登でも天領では頭振を水呑(みずのみ)といいかえていますから、頭振は水呑のことで、柴草屋は水呑だったことになります。
(《続・日本の歴史をよみなおす 第一章 日本の社会は農業社会か》P.242〜243)
 
 このように、水呑は地域によって名称がさまざまで、門男(もうと)、あるいは間脇(まわき)、無縁、雑家などといっているケースもあります。江戸時代、年貢の賦課基準となる石高をまったく持っていない、つまり年貢の賦課される田畑をもっていない人のことを水呑といっており、教科書では、これを貧しい農民、小作人と説明するのがふつうです。私自身もそれまで水呑については、そのレベルの常識しか持っていませんでした。
(《続・日本の歴史をよみなおす 第一章 日本の社会は農業社会か》P.243)
 
 ところが、柴草屋のような廻船商人で、巨額な金を時国家に貸し付けるだけの資力を持っている人が、身分的に頭振、水呑に位置づけられているということを確認した時、研究会に参加していた七、八人のメンバーは、最初は目を疑ったのですが、同時にまた、ああ、そうなのかと初めて気がついたのです。たしかに柴草屋は土地を持っていない。だから水呑になっているのですが、しかし柴草屋は土地を持てないような貧しい農民なのではなくて、むしろ土地を持つ必要のまったくない人だったのです。
(《続・日本の歴史をよみなおす 第一章 日本の社会は農業社会か》P.243)

 柴草屋は廻船と商業を専業に営んでいる非常に豊かな人ですから、土地など持つ必要は毛頭ないわけです。ところが、江戸時代の制度ではこうした人もふくめて、石高を持っていない人びとが、水呑、あるいは頭振に位置づけられていたことが、これで非常にはっきりわかりました。
(《続・日本の歴史をよみなおす 第一章 日本の社会は農業社会か》P.243)
 
 注目すべきはその借銭の貸主で、出羽庄内の越後屋長次郎、若狭小浜の紙屋長左衛門、能登輪島の板屋長兵衛などの問屋(といや)をはじめ、同じ曾々木の三郎兵衛から円次郎の父親は多額の借金をしており、これによってこの人が日本海を手広く商売し、各地の問屋と取引をしていたことがよくわかるのですが、この借金をきびしく催促されると円次郎の生活が立ちゆかない。ようやく、蝋や油の商売などでその日暮しはできるようになったので、借金の返却を五十年賦にしてもらえないだろうか、と円次郎が代官に願い出たのがこの願書で、なかなかおもしろい内容の文書なのです。
(《続・日本の歴史をよみなおす 第一章 日本の社会は農業社会か》P.244〜245)
 
 なかでも、北国新聞の記者はたいへん熱心な方で、電話を何度もかけてこられ、細かく質問された上で、書かれた記事を読み上げ、これで正確ですかと確認してくださったので、たいへんいい記事ができたと思ったのです。ただ驚いたことに、「百姓」ということばはマスメディアではそのままでは使えない、一種の差別語の扱いをされていることをそのときはじめて知りました。
(《続・日本の歴史をよみなおす 第一章 日本の社会は農業社会か》P.245〜246)

 それはともあれ、おもしろい記事がでるだろうと、翌朝、楽しみにしていた新聞を見ましたら、なんと見出しには、「農民も船商売に進出」と書いてあるのです。二時間の悪戦苦闘、何回かの電話はほとんど徒労に終わってしまいました。もちろん記事はきわめてきちんと書いてあるのですが、デスクはやはりこれではわからないと判断したのだと思います。しかしこの見出しでは明らかに誤りになるので、せめて「『百姓』も船商売」と書いてくれればよかったと思ったのですけれど。
(《続・日本の歴史をよみなおす 第一章 日本の社会は農業社会か》P.246)
 
 ほかの新聞は「能登のお百姓、日本海で活躍」、あるいは「江戸時代の奥能登の農家、海運業にも関与」という見出しでした。 百姓イコール農民という思いこみがいかに根強いかということを、われわれは骨身にしみて実感しました。いちばんの傑作は、ベテランの記者が、「ああ、そういうのよくあるんですよね」とかいって、私の話を三十分ぐらい聞いただけで帰ったのですが、その人は、なんと、「曾々木で食いつめた農民円次郎が松前に出稼ぎに行った」と書いてしまった。私どもも大笑いをしたのですけれども、百姓は農民というイメージの根深い浸透が、こうした大変な間違いを多くの人たちにおかさせる結果になっているのです。
(《続・日本の歴史をよみなおす 第一章 日本の社会は農業社会か》P.246)
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その3へ続く
 
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