新しい男女関係(→婚姻制)の模索
282254 明治民法により女性の充足場が奪われ、家庭に閉じ込められる
 
ET 13/10/14 AM02 【印刷用へ
「家族とは何か?」について、現在は明治〜大正について調べています。
書評:『明治の結婚 明治の離婚』(著:湯沢雍彦) リンク に、女性の置かれた状況の変化について書かれています。

◆明治初期〜中期
 江戸時代からの続きで、農村において女性は有力な労働力、生活の必要
 に応じ結婚も離婚も自然に行なわれていた。
 明治中期までの離婚率は、きわめて高かった。

◆明治後期(学校教育、民法)
 農業から工業への転換に伴い、農村からの都市への移動が加速。
 都市では女性の働く場(充足の場)が無くなり、結婚だけが生きる場、
 家庭に閉じ込められる。
 学校教育による良妻賢母思想、民法の家制度により決定的となる。
 都市では核家族化=家が生産組織から消費組織に転換していく。

・家制度は武士統合階級の様式であり、庶民には適応的では無かった。

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明治時代の結婚と離婚を、元年〜15年頃、16年ころ〜30年頃、31年頃〜45年までと、3期に分けて論じている。

第1期は、まだ江戸時代の続きで、戦火の名残もあり世の中は騒然としていた。統計資料もなく、なかなか確定的なことは記述できない時代だった。
とにかく、早婚だったらしい。
娘盛りは14〜17歳くらいまでであった。
そのため、都市部の男性は20歳までに、女性は15歳くらいで結婚していた。

都市部の男女といっても、貧しい庶民と裕福な人々では、結婚の動向はひどく違っていた。庶民たちは互いに気に入れば、鍋釜1つで同居を始め、気に入らなくなれば別居した。とうぜんに結婚を届け出るなどといった、面倒な手続きとは無縁だった。
それにたいして、裕福な階層では結納といった儀式からはじまって、近隣人を集めて結婚式をあげたらしい。しかし、裕福な階層とは、人口の約5%くらいだったから、当時の結婚がどう言ったものだったか、想像がつくだろう。

農村や漁村でも、早婚だった事情はかわらない。
そして、庶民にとって結婚は生活のためであり、生きている男女は、何よりも貴重な労働力だった。結婚も離婚も、人々の生活上の要求にしたがって、自然のうちにおこなわれていた。そのため、男女関係が破綻すれば、簡単に離婚となった。明治中期までの離婚率は、きわめて高かった。

工業化がまだ浸透していなかった地方では、農業が要求する生活形態が主流だった。農村地帯だった東北地方では、女性が有力な労働力であり、女性の発言権が強かった。そのため、気に入らなければさっさと逃げ出して、離婚率が高かったのであろう。
それが、工業化の進展と共に、核家族化がすすみ、女性から稼ぎの手段が奪われていった。また、裕福な地域では、学校教育が普及し始め、良妻賢母のイデオロギーが浸透させられた。その結果、女性は核家族から出ることはできなくなったのだろう。

本書を読んでいると、近代的な法律ができてしまって、純朴な農業従事者たちが、自分たちの生活を守ろうと必死の様子が伝わってくる。
農民といえども、法律ができれば、それを破るわけにはいかない。
しかし、近代の明治国家は、農業社会に基礎を置こうとはしていない。
富国強兵・殖産興業である。

明治が下るにしたがって、産業が農業から工業へと転じ、女性の職場がなくなっていった。その結果、女性は結婚しなければ生きていけなくなり、家のなかへと閉じこめられていった。明治31年に民法が施行されると、離婚は急速に減っていく。

立法者と施政者は、「家」の原理こそ日本家族の最重要事と考えたのだが、要するにそれは300年来支配を続けてきた「武家」の生活様式なのであった。だが明治中期になってその姿を保っているのは、貴族・華族・巨大地主・大商人たちで、合わせても全家族の2パーセントに満たなかったであろう。大多数は、「家」に見合うに足る資産も社会的地位ももたない庶民であったから、ふつうの家族には最初からなかなか適合しなかった。

こうしたなかで、女性は法律上の無能力者=無権利者となり、江戸時代の武士階級の女性と同じ境遇へと転落していく。
つまり、核家族の普及は、家を生産組織から消費組織に変え、男性が外で働いて稼ぎを得ながら、女性の稼ぐ場所を奪ったのである。

庶民のなかでは、女性も働き手として自活する力をもっていたので、民法ができるまでは男女は同じ立場だった。しかし、民法ができて以降、家庭に閉じこめられて、女性の地位は一気に転落していく。
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