政治:右傾化の潮流
281112 東京五輪について考える(3)
 
THINKER・鶴田 HP ( 40代 名古屋 自営業 ) 13/09/18 AM10 【印刷用へ
「東京五輪について考える」「東京五輪について考える(2)」の続きで、オリンピックについてさらに深く考えてみたい。

 私自身、オリンピックなどのスポーツイベントも素直に楽しむようなごく普通の感性を持つ一般大衆の一人である。
しかし、ときには普段とは違う観点であたりまえの社会事象を捉えることで、社会が良い方向に変化できるヒントや手がかりをそこに見つけることができるかもしれない。オリンピックを待ち望んでいる人には申し訳ないが、今回の投稿もそのような思いで、あえて批判的な見方を展開してみたいと思う。

 これまでの関連投稿で、「オリンピックには、スポーツイベントを偽装した別の目的があること」、さらにはそれがTPPや消費税と同じで、国家や国民のためと称しながら現実は欧米金融権力と彼らの多国籍企業の利益が大半を占め、長期的には国家経済を疲弊させていく麻薬的な側面を持つ経済政策であることを述べた。

 今回はさらに、スポーツイベントとしてのオリンピックの存在意義について考えてみたい。

 そもそも現代スポーツは、イギリスとアメリカの上・中流階級によって主導されてきた歴史を持つ。その始まりである19世紀前半のイギリスでは、多くの種目でスポーツ資格の規定があり、労働者階級は排除されていた。もとより、平日の過酷な労働と休日の礼拝に縛られた労働者階級にはスポーツに参加する時間や金銭的余裕もなかったが、1844年の工場法の改正で労働者に半日の休暇が認められるようになり、参加の機会が少し与えられるようになった。
 
スポーツ界の中心だった上流階級は自らを「アマチュア」と呼び、労働者階級が成功を求めてスポーツ界に参入してくるプロ化に反対した。その一方で、スポーツを万人に開かれたもの=大衆化することで技術や意識の向上を望むスポーツ界の指導者や労働者階級などの勢力もあり、双方の間で一世紀以上に渡る軋轢が続くことになった。
それは、アマチュアスポーツの祭典として始まった現代オリンピックの歴史にも反映され、70年代を境に各スポーツ界の大衆化=プロ化=結果至上主義へとその形を変えていった。
オリンピックが「勝利」と「記録」を最優先し、ときには政治的勢力争い(東西両陣営の冷戦)の側面も持つようになったことで、参加国の各スポーツ界では勝利のために選手へのドーピングや体罰、マインドコントロールまで含む、軍隊さながらのトレーニングが課せられるようになった。しかし、その影響が及ぶのは、選手だけではない。

 たとえば、オリンピック参加国のスポーツ政策は、プロスポーツ界と同様に小中学校時代から徹底した優秀選手の選別が行われる。(日本の場合、文部省保健体育審議会「スポーツ振興基本計画」)このような政策のもとでは、一部の選手の育成に施設やコーチなどの予算が優先的に充てられ、その他の多数の子供達がスポーツを楽しむ機会は必然的に減少する。同様に国民一人一人が自分自身に合ったスポーツを楽しむことより、人気選手の応援団や観客になることが推奨される。すでにそうなっているが、今後さらにこの風潮が高まっていくことだろう。

 北京五輪前の中国で、ジャーナリストによってある論文が書かれたことがある。「オリンピック金メダルの落とし穴」というタイトルで、その内容は「中国が一つの金メダルを獲得するのに、およそ7億元(約105億円)費やしている。これは小学校3500校分の建設費用と同じである」というもの。経済力も学力も落ちている日本には笑えない話である。

 スポーツを象徴とした平和の祭典であるオリンピックが、国民や多くの子供たちからスポーツを楽しむ機会を奪ったり、教育の機会を奪っているとは、思いもよらないことだろう。

 金メダリストに成りたい人や子供をスポーツエリートに育てたい親の夢を否定するわけではない。それは自ら望むのであれば、素晴らしいことである。しかし、同時にオリンピックがスポーツイベントを偽装した愚民化政策の側面を持つことも忘れてはならない。
 
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