実現論を塗り重ねてゆく
280584 アカデミズムが「血液型性格判断」を低俗な迷信とするワケ
 
THINKER ( 40代 名古屋 自営業 ) 13/09/06 AM06 【印刷用へ
 血液型といえば、「性格判断」が一般的に知られており、科学的に根拠があるとも、単なる迷信ともよく論議される。同じように、「血液型別かかりやすい病気」「血液型別健康法」「血液型別ダイエット」といったテーマの記事が、女性誌やネット上の情報サイトをにぎわすこともある。

 「血液型による性格判断」は俗説とされながらも、世間一般ではいまだ人気のある話題である。その一方で、アカデミズムの世界では完全に否定されており、低俗な迷信という見方がされている。心理学の分野では、血液型と性格は無関係とされ、医学の分野でも1980年代に血液型と病気の相関関係が議論されたが、現在は否定派が主流である。

 私自身、よくあるABO式の単純な血液型性格判断を信じたり、支持するわけではないが、アカデミズムの世界で血液型に関するテーマが否定される事情を探ってみたい。
 血液型が発見されたのは1901年。以来、西欧諸国において、白人優位を証明するための優生学の分野で血液型研究が行われていた。一方、日本ではそれに反発するように彼らを真似た研究が続々と行われた。太平洋戦争前のことである。当時の軍部の要請もあり、その目的は兵隊の資質を調べ、管理するために研究対象が個人へと移り、軍医の間では実にさまざまな血液型研究が行われていた。
 このような時代背景の中、血液型と性格を結び付ける本格的な研究を初めて行ったのが、古川竹二という心理学者(東京女子高等師範教授)である。そして当時、学会で認められなかった古川の学説を法医学者の古畑種基(金沢大学教授)と浅田一(長崎医科大学教授)の二人が支持し、講演活動や雑誌などで論説を展開した。これが、一般人や上層部も巻き込んだ血液型ブームを巻き起こした。
 しかし、その後、古川は他の法医学者や心理学者から日本法医学会(1933年)において、厳しい批判を受けることになった。古川と同様の方法で追試しても、同じような結果が出なかったり、対象者への質問の仕方など、調査法そのものにも疑問が出されたのである。さらに、支持者だった浅田が学閥トラブルに巻き込まれ、辞職。そして、もう一人の支持者だった古畑は東大教授に迎えられると、態度を一変させた。彼は、自身の専門である血液型学が一般人が話題にできるような低俗なものから、専門家にしか理解できない学問にする必要があったのだ。そこで、それまで支持していた古川を批判する側に回り、他の学者を追随させ、文化勲章まで受章する「血液型学の権威」へと登り詰めた。これで戦前の血液型ブームは幕を閉じることになった。
 その後、1971年に『血液型でわかる相性』という本が出て、再び血液型ブームを起こすまで、血液型と病気の相関関係といった医学的な研究まで日本では立ち消えになってしまった。

 たしかに、ABO式分類でたった4種にすべての人の性格をあてはめる性格判断には無理が多く、反論が多いこともわかる。しかし、血液型の識別には他に200種類以上(約300種類ともいわれる)分類法があり、病気との関係もまだ十分に研究され尽くされているとはいえない。
たとえば、血液型(ABO式分類)といえば赤血球の型の違いというイメージを抱きがちだが、実際は、赤血球表面に毛のようにびっしりと生えている糖鎖の型の違いである。この血液型物質は唾液、胃液、精液などあらゆる体液中のほか、臓器、組織細胞の表面にも存在する。つまり、体内に異物が侵入してくる所には、防衛線のように糖鎖が全身に行き渡っている。血液型は単なる「血液の種類の違い」と言うより、「免疫システムの違い」といえよう。
 「血液型=免疫システムの型」が個人個人で異なるのに、医学界では、「血液型と病気は無関係」としている。血液型による性格判断をあてのならない低俗な迷信とすることはまだしも、血液型と病気の関係もすべて否定することには、科学的な判断よりも他の意図があると思わざるを得ない。血液について一般人に知ってほしくないことが、山ほどあるのだろう。
ちなみに社会心理学においては、なぜ人々が「血液型別による○○」などの迷信を信じるのか、それが社会に流布する仕組み、このようなデマが流布することで人の認知にどのようなひずみが生じるのか、あるいはこれらの迷信を「信じているように振舞う人の動機は何か」といった角度から研究がされているほどであり、論文も多数書かれている。
 これらの学問は、医学的論争から心理学の分野へと関心をずらすことで、論争の舞台そのものを移したり、取り上げたりしてしまう。真相を探求する少数派を批判するために用意されたアカデミズムを偽装した策略ともいえるだろう。

【参考】『[血液型と性格]の社会史』松田薫 河出書房新社
【参考】『小さな悪魔の背中の窪み ―血液型・病気・恋愛の真実』竹内久美子 新潮社
 
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