子育てをどうする?
278693 『<子供>の誕生』 「近代家族」の発生
 
大西敏博 ( 50歳代 和歌山 会社員 ) 13/07/07 PM07 【印刷用へ
家族意識の出現するのは十六世紀から17世紀以降である。それはとりもなおさず、近代家族とは歴史的にみると普遍的ではないということを意味する。つまり家族形態は唯一普遍なモデルが存在するのではなく、変化するものであると言える。

小熊研究会T最終レポート(リンク)より

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@教育の担い手 
はじめに中世および近代における教育の担い手の比較をしてみたい。まず中世の社会では、教育機能を持っていたのは家庭や学校ではなく、徒弟修業や家庭奉公であった。十五世紀までの中世ヨーロッパでは、子供が七歳になると徒弟や家庭奉公として他人の家に送り込まれ、一方であかの他人の子供たちを自分のところで受け入れるのが一般的な習慣だった。上で述べたように、子供たちはここで「小さな大人」になって大人たちの世界に入っていくことになる。そして「小さな大人」たちはそこで見習修行生活を通して知識と実務経験を積むことになる。教育はすべて見習修行によってなされていた。こうした見習によって、ある世代から次の世代へ直接に伝授がなされていた時代には、学校の占める余地は存在し得なかった。実際、聖職の見習者やラテン語の学習者のみを対象としていた学校、すなわちラテン語学校は、ごく特殊な人びとを対象とする孤立的な例に過ぎない。大部分に共通する慣例は見習修行だったのである。このように、ある世代から次の世代への伝授は、子供たちが大人の生活に参加することで保証されていたのである。上述の子供と大人が混じって生活していることが、ここで理解できるだろう。つまり、このような習慣を持つ社会では子供と大人の分離がなされていないのである。

 ただしここで注意しなければならないことは、中世の慣習では自分の子供を他人の家に送り出してしまうということである。自分の子供たちを自分の手元には置かないのである。実際、徒弟や家庭奉公にだされた子供は、大人になって生まれた家に戻ることがあったとしても、必ずしも全員が全員そうだったわけではない。したがって、この時代の家族は、親子の間で深い愛情を培うことができなかったとアリエスは述べている。

 しかし、十五世紀を起点とした近代化の過程の中で、以前は例外であったはずの学校に通う子供の数が増加していくことになる。当然学校が普及するのは経済的に余裕のあるブルジョワジーといった新興の中産階級からになる。中産階級から徐々に学校へ行く人びとの範囲は拡大されていくことになった。この流れの中で教育の担い手は、それまでの徒弟修業から学校へと移っていくことになる。教育はしだいに学校でなされていくことになる。近代的な学校では、生徒と教師という構図が生まれる。これは言い換えると、大人と子供の分離がなされたと言える。そして学校では、大人である教師が子供である生徒に対して知識・教養はもちろん、社会的道徳なども教えられる。こうして学校は子供から大人への過渡期の社会的な手ほどきの通常手段となるのである。

 学校に通うようになると、徒弟や家庭奉公とは異なり子供たちを他人の家に手放すことがなくなる。学校が見習奉公に置き換わっていくことで、かつて分離されていた家族と子供たちが接近することになる。こうして親子間の感情的な交流が深まることになる。すると家族は子供にまなざしを集めるようになる。このように学校へ教育機能が移ったことは、家族意識と子供期を接近させることになるのである。

A家族構成と地域の社交形態
 しかし、学校教育が普及したことで子供たちが家庭に戻ってきただけでは「近代家族」が成立するのに十分ではない。なぜなら地域共同体において、旧来の社交の形態が全面的に存続しているからである。これは、中世の家族が共同体に対して開けているということである。中世の共同体においては、職業生活、私生活、社交ないし社会生活の間に区別が存在しなかった。家族は生産組織であると同時に、友人や取引相手との重要な社交場でもあったのだ。夜中まで友人が家を訪問しているといった事態が頻繁に見られていた。また、血縁関係にないものも住んでいる人数の多い大所帯であり、上で触れた徒弟や家庭奉公も同居していた。とりわけ、富裕な家では奉公人や使用人、書生、事務員、商店の小僧、徒弟、友人等々も同居していた。こられを踏まえると、中世社会には家族のプライバシーという発想は存在しなかったと言える。社会的に密であったために、家族の占める場所が存在しなかったからだ。以上のように、家族は共同体で独立して存在していたのではなく、あくまで地域の一部であったのである。

 しかしながら、その地域の社交性も近代化の中で徐々に失われていくことになり、家族は共同体に対し閉じた存在になる。一八世紀以後、家族は社会とのあいだに距離をおき始め、社会をそこから押し出すようになる。人びとは、社会生活、職業生活、私生活をそれぞれ分離させるようになるのである。発端はやはりここでも新興の中産階級であるブルジョワであった。彼らは、道徳としてプライバシーの厳守と尊重の義務付けを主張した。それに加えて、自分たちの家から奉公人や顧客、友人たちを遠ざけた。そして、親子だけの私的空間において家族は私生活をおくるようになったのである。こうして家族は友人、顧客、奉公人たちに絶えず介入され世間に開かれていた十七世紀以前の家族ではもはやなくなり、「近代家族」となったのである。近代家族は血縁関係にある者だけから構成され、情緒的結びつきを持つ。これは中世の家族と比較すると大きな相違点である。

 以上のような経緯で形成された近代家族は、「子供」は以前に比べてはるかに重要な登場人物となった。そして親の関心が子供へと向かうようになる。ここまでで、なぜ近代になって子供意識が生まれたのかということについて理解できる。そして家族意識と子供意識はペアであり、同時発生的であるのかについても理解できる。すなわち、近代家族が誕生した結果として子供に関心が向くようになったのであって、あくまで同時発生なのである。

 しかし、最後に一つ補足しておかねばならない点がある。それは、近代家族というものはブルジョワジーから普及した形態であるということだ。中世的家族が近代家族へと変化していくといっても、それは長い間、貴族やブルジョワ、富裕な職人、富裕な勤労者に限られていたのである。それ以外の階層では、慣習として徒弟修業は根強く残ったのであり、実用的な教養を教えない学校は嫌われる存在であった。十九世紀においてもなお、人口の大部分を占める最も貧しく最も人数の多い層は、中世的な家族のあり方、暮らしようを保持していたのであり、子供たちは親元にとどまることはなかった。しかし時が経つに連れ、近代家族は貴族階級やブルジョワに起源を持つことも忘れ去られてしまうほどに、社会のほぼ全体に拡大したのである。

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