日本人と縄文体質
276011 誇れ!世界の奇跡、日本
 
岡本誠 ( 59 兵庫 経営管理 ) 13/05/17 AM10 【印刷用へ
日本が発展しはじめたのは明治維新からで、その前の江戸時代はまったく遅れていたと、多くの日本人が考えているが、江戸時代の日本には「世界一」がたくさんあった。
大川半左衛門著『〜子供たちに伝えたい〜誇れ!世界の奇跡、日本』リンクが、ロシア政治経済ジャーナルリンクに、紹介されています。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜(以下、引用)〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
▼世界一の大都市・江戸

江戸時代のころ、もっとも発展していたのは、欧州です。
当時、ロンドンやパリの人口は、約40万人でした。
さて、このとき、江戸の人口はどれくらいだったのでしょう?
答えは・・・。
100万人。
なんと、江戸は、ロンドンやパリの2.5倍の人口を抱える巨大都市だったのです。
そして、100万人を養う体制が、きちんと整備されていました。

<人々が便利で快適に暮らせるために幕府は努力しました。
まずは飲み水です。
水がなくては生きていけません。
幕府は生活用水を確保するために多摩川から水を引きました。
玉川上水と言います。
長さ四十キロメートルあります。
これを江戸の街の中に通しました。>
(誇れ!世界の奇跡、日本  39p)

水があっても、100万人分の食料が必要です。
これはどうしていたのでしょうか?
米は腐らないので、全国から集められていました。
しかし、腐る野菜は?

<江戸の周りの農家が、野菜を生産し提供していました。
これも高い農業技術を持っていたからできたことです。
また、生産したものが、人々に行きわたる仕組みも整っていたのです。>
(同上 40p)
しかも、江戸には、世界の大都市にはたいていどこにでもあるスラム街がなかったのだそうです。

▼平和な江戸時代

私たちは、江戸時代の欧州について、「世界一進んだ地域」と考えています。
そして、その通りの点もあるでしょう。
だって、欧州列強は、世界のほとんどを植民地化するパワーをもっていたのですから。
しかし、当時の欧州は、「戦争ばかりしていた野蛮な国々」ともいえそうです。
で、日本にも誇れる点があります。
そう、「長い平和」。

<戦国時代が終わり、徳川家康が江戸幕府を開いてから国内では戦がなくなりました。
二百二十年間です。
この記録は世界の歴史の中でもいちばん長い記録です。>
(同上40p)

すごいですね〜。
徳川幕府により戦がなくなると、どんどん治安がよくなっていきました。

<戦がなく世の中が安定してくると、当然、犯罪も少なくなります。
そうなれば、安心して旅に出ることができました。
松尾芭蕉はあれだけ長いこと旅をしたにもかかわらず、一度も盗賊にあわなかったのです。
海外では考えられないことです。>(同上42p)

▼清潔だった江戸時代の日本

江戸時代の終わりころ、日本に来た外国人の多くが、あまりの清潔さに驚いたそうです。
日本人は、毎日掃除をする、ちょくちょく洗濯する、風呂に入る。
なんだか「当たり前じゃん」という感じですが、欧州はそうではなかったのですね。

<一方、ロンドンや花の都パリはどうでしょう。
当時の人たちは、おまるに用を足していました。
桶のような物です。
普通はそれを川に捨てて流していたのです。
しかし、ふとどき者になると川まで行って捨てるのがめんどうなので、道端に捨てました。
だから、道路にはいつもうんこが落ちていたのです。>
(同上 47p)

うぎゃあ〜〜〜〜!
皆さん、うんこだらけの道を想像してしまいましたね?
人々も大変ですわ。

<通行するレディーはたいへん。
うんこを踏んでも足が汚れないように、ハイヒールをはきました。
時には、二階からうんこが降ってくることもあるので、つばの広い帽子をかぶりました。
ジェントルマンは、ステッキ持って、レディーのために、うんこをどかしてあげたのです。>
(同上47p)

ジェントルマンになるのも大変ですね。
このように江戸時代の日本は、おそらく世界一清潔な国でした。
では、なぜ清潔だったのでしょうか?

<昔から日本人は、どんなところにも神様がいらっしゃるという考えを持っていました。
山にも川にも、台所にも、便所にも、いたるところにです。
きれいにすれば、当然、神様が喜びます。>
(同上48p)
なるほど〜。
日本人は神様に喜んでいただこうと、せっせと掃除に励んだのですね。

▼世界一の教育水準

これも幕末に来た外国人の話。
彼らは、日本の教育水準の高さに驚愕しました。
武士ばかりか、一般市民も、女性も子供も、ほとんど「読み書き」できる。
では、欧州では?

<このころロンドンの識字率は二十%。
パリは10%以下だったそうです。
それに対して、江戸はどのくらいだったと思いますか。
なんと、七十%以上だったそうです。
つまり、ロンドンでは十人中二人しか字を読める人がいなかったけれど、江戸では十人中七人以上字が読めたのです。>
(同上 49p)

明治維新後、日本は奇跡の成長を成し遂げました。
そして非白人で唯一の近代国家をつくりあげた。
植民地化をまぬがれた。
日清戦争、日露戦争、第1次大戦に連戦連勝した。
これらは、結局「もともと江戸時代に十分な成長の基盤が築かれていたから」できたことなのでしょう。

▼誇れ!、世界の奇跡、ニッポン

今回は、大川先生の本から「江戸時代」の部分をご紹介させていただきました。
しかし、この本には他にも
・天皇陛下
・歴史を変えた日露戦争、大東亜戦争
・武士道
・モノづくりと日本人
・恵まれた自然
と日本人が自国を誇ることができる話が満載。
この本を読めば、「自虐史観」から自然と脱却できることでしょう。

ちなみに大川先生は、小学校の先生です。
そのため、非常に読みやすくまとまった本に仕上がっています。
闘病されながら、日本のために、日本の未来のためにこの本を執筆された大川先生。
日本を愛するすべての人の読んでいただきたい本です。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜(引用おわり)〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 
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