日本人の起源(縄文・弥生・大和)
27581 居徳は弥生に突入していた
 
岡本誠 ( 48 兵庫 経営管理 ) 02/03/27 AM01 【印刷用へ
 高知県居徳遺跡の殺傷痕人骨に関して、事実を押さえ直す必要がありそうです。三ヶ本さんや中村先生の投稿と一部ダブりますが、足場を固めたいと思います。

1.縄文晩期(2500年前)の遺跡から見つかった人骨は、成人(男女)9人分15点だが、少なくとも3人分の骨に、人為的に殺傷もしくは損壊された傷痕がある。
2.九州大の中橋孝博教授(自然人類学)が人骨を調べたところ、太ももの筋肉がつく部分が発達しているなど、縄文人の特徴をもっていた。
3.女性の太ももの骨には膝のすぐ上に、骨製の矢じりが貫通した穴があった。男性の太ももと腕の骨各一点には、鉄製と見られる金属ののみ状のもので、何回も刺された傷がついていた。
4.人骨は低湿地に堆積したイノシシ、ニホンジカなどの骨とともに捨てられており、死後まもなく解体され、特定の部分だけを運んで捨てたと見られる。
5.農耕を示唆する木製の鍬や、中国の春秋戦国時代の工芸に共通する木胎漆器が見つかっており、イヌを食べていた(=渡来系の文化)。

 居徳遺跡の殺傷痕人骨の話題性は、縄文晩期に(それまでは2300年前の弥生からと考えられていた)、女性も含む複数の縄文人が(それまでは単発的、事故的な受傷痕)、金属器で(渡来人が持ち込むまでは存在しない)、遺体の解体や損壊を目的とした刺突痕をつけられ(縄文時代にも遺体が白骨化した後解体して再埋葬する習慣はあるが、損壊を目的としていない)、ばらばらにされ墓地に埋葬されていないところにあります。

 これが縄文時代の縄文人によるものだとすれば、縄文観が根底から覆ることになります。殺し合い・戦争を発生させた論理も見つける必要があります。しかし、金属器や農耕具など渡来人の影は明らかで、渡来人が縄文部落を襲ったと考えた方がその後の弥生時代と論理整合します。単に2500年前既に局地的には弥生時代に突入していたわけで、人為的な時代区分を修正すればいいだけです。

 遺体の解体は、殷代(3600〜3050年前)の墓地から無残に積み重ねられた数十体の首のない人骨が発見されていることから、大陸では長い歴史があります。2300年前の北部九州では、渡来人同士の殺し合いの結果、鈍器で頭を殴られて頭蓋骨が陥没した人骨や、脊椎に石の剣の先が折れて刺さったままになった人骨、首を(しかも生首を)切り離されて胴体だけになった人骨など、殺され方が半端でない渡来系の特徴をもつ戦死人骨が急増します。しかも一つの遺跡から十も二十も出土することも珍しくない。
 また神戸市新方遺跡からは、17本もの石の鏃を全身に受けた縄文系の人の骨が見つかっている。戦闘場面で殺されたというより、死後刑罰や儀礼のため、または呪術的な意味で矢が射込まれたか、いずれにしろ凄惨な最期である。
 居徳遺跡は、このような弥生時代への突入が、縄文晩期から始まっていたことを示していると考えられます。
 
  List
  この記事は 27433 への返信です。
  この記事に対するトラックバックURL  http://www.rui.jp/tb/tb.php/msg_27581
  ※トラックバックは承認制となっています。

 この記事に対する返信とトラックバック
27702 居徳遺跡・・過渡期の同類闘争 細田卓司 02/03/29 AM01
27700 時代区分の曖昧さ 橋口健一 02/03/29 AM01

[過去の記事へ]
[一覧へ戻る] [新しい記事へ]


◆実現論本文を公開しています。
 実現論 : 序  文
 第一部 : 前  史
 第二部 : 私権時代
 第三部 : 市場時代
 第四部 : 場の転換
 参考文献

 必読記事一覧
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28
市民運動という騙し(社会運動が社会を変えられなかった理由)
民主主義という騙し:民主主義は自我の暴走装置である
自我ではなく、共認こそ原点である
自我とは?(フロイトとラカン)
個人主義<=>全体主義 と、利己主義<=>利他主義
現実否定の自己欺瞞
社会運動の自己欺瞞
市民という言葉の欺瞞
自然法、基本的人権とは何か−1
自然法、基本的人権とは何か−2
自然法、基本的人権とは何か−3
前夜の意識状況3 無用となった感応観念(価値観念や規範観念)
構造認識の現況1 否定意識や自我観念から脱却できない近代人=現代人
構造認識の現況2 特権知識階級の商売道具と化した「構造認識」
構造認識の現況3 既成観念の全的否定
観念パラダイムの逆転1 現実捨象の倒錯観念から、観念捨象の現実直視へ
観念パラダイムの逆転2 現実否定の倒錯思考
観念パラダイムの逆転3 現実とは、人々の意識である
「現実=自分自身」は事実認識(構造論)の核心部
新たなグランドセオリーとしての実現論1−グランドセオリーとは何か
新たなグランドセオリーとしての実現論2−傍観者、あるいは引きこもりとしてのアカデミズム
近代思想は宗教と同根
新しい潮流4 言葉それ自体が引力を持ち得ない時代
若者が実感できる『旧観念』
「何でだろう?」を封印してきた価値観念
同化に不可能視はいらない
相手の感情を前提にしたら『権利』など崩壊する

『るいネット』は、47年の実績を持つ起業家集団・類グループが管理・運営しています。るいネットワーク事務局(Tel:0120-408-333, E-mail:member@rui.ne.jp