日本人と縄文体質
272747 宣教師たちが称えた日本人の美徳
 
チウエ* ( 兵庫 ) 13/02/03 PM10 【印刷用へ
宣教師たちの声を通して、
相手を想いやる心を大切にしてきた日本人の姿が浮かび上がります。

以下、「日本の心●世界の声(リンク)」から紹介します。

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■宣教師たちが称えた日本人の美徳(リンクより)
2006.10.6修正

 今日、わが国では、親が子を殺し、子が親を殺し、夫が妻を、妻が夫を殺す事件が多発しています。ちょっとしたもつれで、男女が殺人に至る事件も続発しています。教師が児童に性的ないたずらを、警官が婦女に暴行をする事件も珍しくありません。老人を相手にした振り込め詐欺が横行し、食品企業が食品販売物に不正表示をするなど、世相の乱れは例を挙げればきりがありません。

 しかし、つい半世紀ほど前までは、日本人は、正直で勤勉で礼儀正しい国民であると世界から尊敬を受けていました。そのことを初めて日本人に出会った西洋人の言葉によって、振り返ってみましょう。


 今から450年ほど前、初めて日本に来たヨーロッパ人宣教師たちは、日本人の徳の高さや優秀性に驚きました。

 フランシスコ・ザビエルは、イエズス会東インド管区長として、天文18年(1549)に日本に来ました。滞在3ヶ月後、ザビエルはインドのゴアにあるイエズス会にあてて、次のように報告しました。

 「この国民は自分たちがこれまで接触してきた諸国民の中で最高に傑出した人々である。まだキリスト教化されていない国民で日本人ほどに優秀な者はない。彼らは総体的に親しみやすく、善良で悪意がない。……日本人は大概貧乏である。だが武士たると平民たるとを問わず、貧乏を恥だと思っている者は一人もいない」

 ザビエルは、さらに続けて書いています。

 「日本人は侮辱や嘲笑を黙って忍んでいるようなことは決してない。平民は武士に敬意を払う。同様に武士は誇りを持って領主に仕えている。領主への恭順は内面から発している。領主に反逆して受ける処罰の屈辱よりも、忠誠の美徳に欠けることが自分の名誉の否定になると考える、その名誉心の誇りが強いからである」

 またザビエルは、日本人が「理性的」であることを強調しています。ここでいう「理性的」という言葉は、単に感情的ではないということではなく、ものの道理を理解し、その道理に従うということを意味します。日本人に「理性的」な特徴を認めたザビエルは、賛辞を惜しみませんでした。


 天正7年(1579)に来日した東インド管区巡察師アレシャンドロ・ヴァリニャーノは、司祭オルガンティーノ・ソルドの日本人観に強い影響を受けました。ヴァリニャーノは『東洋巡察記』に、オルガンティーノの言葉を書き記しています。

 「日本人は全世界で最も賢明な国民に属しており、彼らは喜んで理性に従うので、我ら一同よりはるかに優っている。我らの主デウスが人類に何を伝えたもうたかを見たいと思う者は日本へ来さえすればよい。……彼らは不必要なことを外面の表情に表すことはなく、甚だ忍耐強く、大度ある国民で、悔悛は真摯にして信心深く、儀礼に大いに気をつかい、交際においては丁重である」

 オルガンティーノは、39年間も日本に住み、日本語を話し、米を食べ、最後は77歳で長崎に没しました。当時、彼ほど日本を深い理解した外国人はいないでしょう。その彼は、次のように記しています。

 「信仰のことはともかくとして、我らは日本人より顕著に劣っている。私は日本語がわかるようになってからは、世界にかくも聡明で明敏な人々はいないと考えるに至った」


16世紀に日本に来た西洋人の宣教師が見た日本人は、このように多くの美徳を持っていたのです。その後、徳川幕府の下、約260年の間、天下太平の時代が続きました。この平和の時代に、さらに誠実や正直、礼儀や勤勉を重んじる国民性が発展していきました。

 安政3年(1856)、下田に来航したアメリカの初代駐日公使ハリスは、『日本駐剳日記』に、開国後の日本の姿について、「日本の国民にその器用さと勤勉さを行使することを許しさえすれば、日本はやがて偉大な、強力な国家となるであろう」と将来を予想しています。

 また幕末から明治の初期に日本を訪れた欧米人の多くが、日本人の善良で親切、互いに助け合う思いやりに満ちた姿を、驚きをもって書き残しています。

 その一人であるロシア人宣教師ニコライは、次のように記しています。

 「上は武士から下は町人に至るまで、礼儀正しく弱いものを助ける美しい心を持っている。忠義と孝行が尊ばれ、これほど精神の美しさを持つ民族を見たことがない」と。


 私たち日本人の先祖・先人は、多くの西洋人に称えられるような美徳を持っていたのです。そのことを思い起こし、日本人が本来持っていた日本精神を取り戻しましょう。

(引用終わり)
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