農村を活性化させる為には?
269094 定年後の職の提供と農の改革〜埼玉・農業生産法人潟iガホリ〜
 
近藤文人 ( 49 東京 建築士 ) 12/09/26 PM10 【印刷用へ
現在、定年後、及び、高齢者が急速に増えており、各企業も、定年後の再雇用を促進している場合が多いがそれでも絶対量が少ない。また、若者の農への帰順も見られるなか、成立したのがこの会社である。なによりも、みなさん、楽しそうに仕事をしている会社だ。高齢者も若者も元気がある。そんな会社を紹介する。
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【埼玉発 元気印】ナガホリ 「農業は脳業」 豊富なアイデアで躍進(リンク

食料自給率が41%(2008年度、カロリーベース)と、先進国でも群を抜いて低水準の日本。そんな中、小松菜の大量生産に取り組む農業生産法人ナガホリは“未来のあるべき日本農業”の方向性を指し示しているかもしれない。「農業は脳業」がキャッチフレーズの徹底した合理化と、増える耕作放棄地の再生をメーン手法に、売り上げは年々うなぎ上り。同時に地域雇用と環境改善にも寄与しており、今後も躍進が望まれる。

◆法人化で人手確保
 同社の社長を務める永堀吉彦氏は、埼玉県上尾市の農家の長男として生まれた。同県立熊谷農業高校を卒業後、そのまま家業の道へ。だが、悩みがあった。「一生懸命作っても、市場で高く売れない」。この疑問が、永堀社長が“商売の道”に入るきっかけとなった。
 永堀社長はつてを頼り、セリに参加できる青果市場の「買参人」の資格を入手すると、からくりが判明した。農協を通さず市場に持ち込む「個選」では、日々の出荷量が安定せず、業者に買いたたかれてしまうのだ。
 「どうしたら高く売れるか」。次に永堀社長は直売所の経営に乗り出す。「直売所に段ボールを敷いて寝ずに働いた」。枝豆などを産地から買い入れ、周辺業者の価格を調査。永堀社長は「生協やスーパーには目の敵にされた」と苦笑いする。
 だが、それにも限界があった。何より苦労したのが、人手の確保。簿記3級の資格を取るなど経営の勉強を続けていた永堀社長が、有限会社形式の農業生産法人ナガホリを設立したのは、1995年のことだった。一農家から法人となり、永堀社長は「黙っていてもパートが応募してくるようになった」。

◆小松菜一本に絞る
 飛躍のきっかけは、2001年ごろから小松菜一本に絞ってから。大きな理由は2つあった。上尾市には目立った農産品がない上、埼玉県内でも小松菜を産地にしている地区がないこと。もう一点は「一年中栽培でき、ビニールハウスなら8回転、路地でも4回転する」という、小松菜の高生産性だ。
 最初のうちは農地不足に苦しみ、生産量が伸び悩んだ。「続けて出荷する態勢が整わなかった」。そこで永堀社長は、農業従事者の高齢化などで増え続ける耕作放棄地に目をつけた。荒れ放題の耕作放棄地を地権者から借り受け、時には自らショベルカーに乗り込み、畑を再生していく地道な作業に取り組んだ。
 これにより、「最初は5反(0.5ヘクタール)程度だった」作付面積が今では約100ヘクタール、小松菜の年間生産量も約800トンに上る。永堀社長は「耕作放棄地は宝の山。再生させるのが三度の飯より好きなんです」と笑う。

◆耕作放棄地「宝の山」
 小松菜の栽培方法も合理性を徹底している。90カ所以上の畑の管理は8人の社員が担当。一方、パートが「種まき班」や「収穫班」を組織し、各地を回る分業制を採用。「ほぼ毎日収穫できる」態勢を取っている。
 「うちのパートはほとんど高齢者。もともと農家をやっていた人は一人もいない」と永堀社長。給料は歩合制・現金支給で、勤務日も本人の自由に任されている。自由な社風も躍進の秘密の一つだ。
 4月には規模が3倍になった新本社工場も竣工(しゅんこう)。売り上げも、目標の3億円突破が見えてきた。今夏からは枝豆の生産に乗り出し、秋にはタマネギにも手を広げる方針だ。
 永堀社長は「関東地方で枝豆の作付面積が大きいのは群馬。うちは来年、がんばってやっちゃおうって、思ってますよ」と豪快に笑った。(坂井朝彦)

◇【会社概要】
▽本社=埼玉県上尾市平方((電)048・725・1966)
▽設立=1995年6月
▽資本金=1000万円
▽売上高=2億8000万円(2009年度実績)
▽従業員=8人(パート・アルバイトが約150人)
▽事業内容=小松菜の生産など

≪インタビュー≫
□永堀吉彦社長
■「新3K」で若者に夢を
−−農家の長男に生まれた
「農家を継ぐことに何の抵抗もなかった。『親と一緒に農業をやるんだ』と思っていた。私たちの時代は10人のうち半分が高校に行ければいい時代。大学はまったく考えていなかった」
−−農業を始めてから簿記3級を取得したほか、相続、贈与税などの勉強にも励んだ
「どうしたら効率が良いか、悪いか、何を切るべきかが分かった。農業生産法人を立ち上げるきっかけになった」
−−ナガホリは地域の高齢者の雇用も下支えしている
「パートの人が働いたおカネで孫におもちゃを買ったりする。1週間休んでいて、『どこに行ったの?』と聞くと『ヨーロッパに行っていた』という人もいる。年金で生活を支え、後の給料は自分で好きに使える。シフトは作らず、『好きなときに働いて』と言っている」
−−農業の今後は
「若者の就農人口が減っており、あと3、5年もすれば大変なことになる。昔は『きつい、汚い、危険』の3Kが農業だった。今は違う。『感動できる、稼げる、かっこいい』の新3Kが現代の農業だ」
−−「農業は脳業」を経営理念にしている
「みんな農家を嫌ってほかの業界に行ってしまった。世界で人口が減りつつ、食料自給率が下がっているのは日本だけ。対策のためには頭を使わないといけない。『うちは肉体労働ではない、こっち(脳)なんだよ』と、有望な若者を招き入れていくことが大事になる」
−−将来の夢は
「独立したいという若者を支えたい。若者で農業をしたいという夢を持っている人は、実家が非農業が多い。農業をやるためには農地が必要。次に栽培技術、機械設備、住居と作業場もいる。もう一つ、作ったものを売る販売ルートがいる。できるだけ支援していきたい。私も65歳。若者に夢を託したい」

【プロフィル】永堀吉彦
ながほり・よしひこ 1995年6月、農業生産法人「有限会社ナガホリ」を設立。2003年12月に株式会社に組織変更した。資産管理会社「ナガホリエステート」と葬祭場「ナガホリコーポレーション」の社長も兼任。65歳。埼玉県上尾市出身。

〜後略〜
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