民主主義と市民運動の正体
264228 大衆には、運動を立ち上げる余力が無い→余力を与えられた悪徳エリートが支配する社会
 
縄文男児 ( 60代 経営 ) 12/05/16 PM01 【印刷用へ
運動を立ち上げるには、余力と拠点が要る。更に、運動を成功させるには、理論が必要になるし、広宣活動も必要になるし、情報収集も必要になるが、理論を追求するにも、広宣活動を展開するにも、情報を収集するにも、膨大な余力(時間)が必要になる。そして、もちろん、それらの活動は、何れも専任した方が集中できて高度化してゆくので、専任化した方が有利になる。

しかし、日々、仕事に追われて暮らしている庶民には、そのような余力も場も与えられていない。まして経営に全力投入している経営者なら、なおさら運動を立ち上げるような余力(時間)は、どこにも無い。
大衆には余力も場も与えられていないということ、それこそが、大衆発の真の運動が立ち上がってこない直接的な最大の原因である。

それでは、そのような余力と場を与えることが出来るのは誰か?それは、云うまでもなく、大衆から余剰利益を収奪し蓄積してきた者、即ち金貸し(金融勢力)である。金貸しなら、彼らに必要なだけの仕事を才能のある者たちに与えることができる。
実際、ルネッサンス以来、金貸しは数万人に1人の才能を発掘しては芸術家や学者や政治家として育て、また他方では諜報機関や大学や広宣機関(マスコミ)を作ってきた。今日では、諜報機関や司法機関をはじめとする官僚機構や議会、あるいは中央銀行や大学やマスコミの中枢は、そのような金貸しの手先たち=悪徳エリートによって占拠されている。そして、彼らは、金貸しに都合の良い情報を、学校とマスコミを通じて、日々、発信し続けている。

他方、大衆の潜在思念は自動的に同類探索に収束するが、情報の主要な発信者が学校とマスコミだけなので、結局は彼らの発信情報に収束してゆく。
かくして、余力も場も持たない大衆は、学校とマスコミによって一方的に与えられた観念や情報に、支配され続けることになる。

(なお、学校とマスコミに代わる第三の場=ネットも、余力のある閑人しか発信しない。それに大多数の閑人は自我・観念派であり、彼ら閑人の撒き散らす自我・観念の毒は、金貸しにはむしろ都合が良いので、今の所は放置されている。)
 
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新しい潮流1 社会捨象→不全捨象の充足基調(’70・’80年代)
新しい潮流2 私権統合の崩壊と社会収束の潮流(’90・’00年代)
新しい潮流3 社会不全⇒認識欠乏の蓄積
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