日本人の起源(縄文・弥生・大和)
262516 古事記における性的表現(日本神話のセクソロジー)
 
匿名希望 12/03/27 PM09 【印刷用へ
日本神話において「性」はどのように位置づけられていたのか?
古事記では、特に神代の場面で大らかな性表現がされていることから元々は南方系の文化を持っていたことが分かる。

壺齋閑話リンクより引用します。

***以下引用***
古事記には、男女の性交や女性器への言及など、性的な表現があちこちに散りばめられている。特に神代の場面に、頻出するのであるが、それらを読んでも淫猥な感じは受けず、むしろほほえましいとの印象を抱く。これは、古代の日本人が、性というものに対して、大らかであったことの表れであるのかもしれない。

この古代日本人のセクソロジーともいうべきものを、まず、イザナギ、イザナミの国づくり神話からみてみよう。

―是に其の妹伊邪那美命に問ひて曰(の)りたまはく、「汝が身は如何にか成れる」とのりたまへば、答白(こた)へたまはく、「吾が身は、成り成りて成り合はざる処一処在り」とこたへたまひき。爾(ここ)に伊邪那岐命詔りたまはく、「我が身は、成り成りて成り余れる処一処在り。故(かれ)、此の吾が身の成り余れる処を以ちて、汝が身の成り合はざる処に刺し塞ぎて、国土を生み成さむと以為(おも)ふ。生むこと奈何」とのりたまへば、伊邪那美命、「然(しか)善けむ」と答曰へたまひき。爾に伊邪那岐命詔りたまはく、「然らば吾と汝と是の天の御柱を行き廻り逢ひて、みとのまぐはひ為む」とのりたまひき。

なり余った処(男根)を以て、なりあわぬ処(女陰)を刺し塞ぐとは、いかにも単刀直入で、ユーモラスではないか。男がなり余った処をもてあまし、女がなりあわぬ所を刺し塞いで欲しいと感ずるのは、現代人も古代人も異ならないらしい。
なお、ここにある「まぐはひ」とは、文字通り「目をかわす」ことが原義である。そこから転じて、男女の性交にも用いられたとみられ、古代以降も長く用いられた.

天岩戸神話で活躍するアメノウズメもまた、エロチックに描かれている。

―天宇受売命、天の香山の天の日影を手次に繋けて、天の真拆をかづらと為て、天の香山の小竹葉を手草に結ひて、天の石屋戸にうけ伏せて蹈みとどろこし、神懸り為て、胸乳(むなち)を掛き出で裳緒(もすそ)をほとに忍(お)し垂れき。爾に高天原動みて八百万の神共に咲(わら)ひき。

ウズメのグロテスクななかにもユーモラスな仕草が目に浮かんでくるようだ。ウズメは天孫降臨の場面でも活躍しており、その折も胸をはだけ、陰部を露出しながら猿田彦に近づいたと、日本書紀にはある。
女性器をさしていう「ほと」という言葉は、様々なところで使われている。スサノオの乱暴によって、機女が「ほと」に杼を突き立てて死んだという話などは、隠微な部類に属するが、もっとも傑作なのは、神武天皇の皇后選定の条に出てくる話である。

―三島溝咋(みぞくひ)の女(むすめ)、名は勢夜陀多良比売(せやたたらひめ)といふ、其の容姿麗美しくありき、故(かれ)、美和之大物主神、見感でて、其の美人の大便(くそ)まれる時、丹塗矢になりて、其の大便まれる溝より流れ下りて、其の美人の富登(ほと)を突きき、爾(ここ)に其の美人驚きて、立ち走り、いすすきき、乃ち其の矢を持ち来て、床の辺におけば、忽に麗しき壯夫になりて、即ち其の美人を娶りて生める子、名は富登多々良伊須々須岐比売命(ほとたたらいすすきひめ)といひ、亦の名は比売多々良伊須気余理比売(ひめたたらいすけよりひめ)」といふ

富登多々良伊須々須岐比売命(ほとたたらいすすききひめ)とは、「ほと」がもとで「あわてふためいた」という意味でもあろうか。何ともユーモアにとんだ挿話ではないか。
ところで、現代の関東地方では、女性器をさして、読者もよくご存知の四文字言葉を使う。筆者のような謹厳居士には、なかなか口にしがたいのであるが、この言葉は、古語にある「ほと」が転じてできたものなのである。

古代「ほ」は唇を用いて出す音であった。同じく唇音たる「ば」行の音や、「ま」行の音とは、相互に親縁の関係にある。こんな事情から、「ほと」が「「ほほ」となり、「ほほ」が「ぼぼ」となり、さらに「もも」、「めめ」、「めこ」などとなりゆくうちに、今日ある、あの四文字に落ち着いたのである。
(ちなみにいうと、西日本において、女性器をさしていう言葉には、平安時代に流行した「つび(開)」に由来するものが多い。)

***以上引用終わり***
 
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