日本人の起源(縄文・弥生・大和)
262373 月氏の王と秦氏
 
彗星 ( 中年 ) 12/03/22 AM10 【印刷用へ
【セレンディピティ】というブログに『月氏の王と秦氏』(リンク)と題しての記事がありました。物部氏のルーツが書かれています。物部氏は、シベリアにいた頃は白鳥族とのこと。また、旧暦をはじめ、日本を形造ったのは、月氏の王族であり、その末裔の秦氏(辰国起源)であり、物部と通じるところがありそうです。また、鳥をトーテム(神)とする部族は、葛城・賀茂氏系統にも通じるところがあります。また、月への信仰は、半島の月支国、記紀であまり扱われない月読尊などに通じるところがあります。
-----------------------------転載
昨夜の十五夜は、美しい満月でした。外に出て、しばらく眺めました。枕草子や源氏物語の世界では、何につけても月を眺め、暮らしの一部になっています。きっと、この人々は月氏の末裔だったのでしょう。旧暦でしたら、必ず「十五夜お月さまは満月の日」でした。旧暦の方が私たちの暮らしに合っていたのに明治改革で変えてしまったのは残念なことです。旧暦をはじめ、日本を形造ったのは、月氏の王族であったと思い至ります。

【武士】と書いて【もののふ】と読み、【物部氏】とは物の部民でありました。モノとは、物質を意味するのみならず、兵器や兵力といった軍事力のほか霊的な呪力をも意味しました。古代にあって、戦は武力のみならず霊力も必要としました。即ち、物部氏とは物を作る技術者集団であると同時に、軍事組織にして呪術集団でもありました。
【祟仏論争】に見るように、物部氏は、神道を奉じ、古代の神道は物部氏が握っていました。しかし、物部氏は没落し、現在にあって神道祭祀を担っているのは藤原氏です。奈良時代から平安時代にかけて、藤原氏が政治権力を握ることによって、同族の中臣氏と卜部氏が宮中祭祀を独占し、物部氏および忌部氏の力は急速に衰えていきます。これによって、物部氏が奉じてきた古代神道は完全に封印されることになります。

では、いったい物部神道とは、いかなる神道だったのか?数々の弾圧を受けながらも、その奥義を現代まで密かに伝えているのが丹後一宮の籠神社だといいます。籠(この)神社は、数ある元伊勢の一つとして知られます。伊勢神宮が五十鈴川の畔に鎮座するまでの間、天照大神の御霊は各地を点々としましたが、宮中から最初に大和を離れて祀られたのが、籠神社でした。籠神社の宮司は代々、海部(あまべ)氏が務めてきました。海部氏とは物部氏の中の祭祀を一手に行ってきた一族です。言霊でいえば、海部氏はアマ部、即ち天部でありました。【海部氏本系図】は、歴史的重要性から国宝に指定されているほどです。これほど重要でありながら、海部氏は、弾圧を受けながら物部神道の奥義を極秘伝という形で継承してきたのです。極秘の鍵となるのが社紋、一般に表と裏があり、表紋は下がり藤で裏紋は長い間隠されてきました。それが平成の世になって、遂に公開されました。

これは六芒星の中心に日輪と月輪を描いているもの。これはダビデの星といわれユダヤ人のシンボルです。物部氏がユダヤ人と関係があることを端的に示します。ところで、童謡の【カゴメ唄】は、籠神社の極秘伝の一部だといいます。伝承によって、一部は変わってしまっていますが、本来カゴメ唄は籠神社の隠し歌でした。
そこには、日本の国家成立に関わる重大な秘密が、暗号として隠されているそうです。元伊勢である籠神社と伊勢神宮は、ほぼ一直線に並んでいます。もう一つ、江戸時代に伊勢本宮と名乗った伊雑宮もまた、このライン上にあります。伊勢神宮の内宮と外宮を結ぶ参堂脇の石灯籠にカゴメ紋が刻まれており、これは、ユダヤとの関係を指摘されますが、これは元々伊雑宮の裏社紋でした。
籠神社もまた裏社紋はカゴメ紋です。極秘伝が記された紙には【カゴメ唄】に登場する鶴とは伊雑宮のことで亀とは籠神社のことを示すと記されていたといいます。

【カゴメ唄】の最大の焦点は、【鳥】です。夜明けの晩に出てくるという【鳥】こそこの唄のメインであると考えられます。陰陽道にあって、鳥は天と地をつなぐ者。

【鳥】は、物部氏がシベリアにいた時、シンボルとしていた・・・彼らこそ【白鳥族】だったと推測します。彼らは騎馬遊牧民のなかに溶け込んでいたのかもしれません。

古代イスラエル人の渡来には、少なくとも二つの流れがあります。一つは失われたイスラエル10支族がスキタイと共に騎馬民族となって日本にやって来た可能性。しかし、籠神社の極秘伝では、物部氏は騎馬民族や秦氏よりも古い、大量の渡来人が朝鮮半島からやって来る以前、すでに物部氏は王権を確立していたといいます。

籠神社のある丹波を中心にして、近江や出雲を含む広大な地域を支配していました。【魏志倭人伝】に記された【投馬国】とは丹波国にほかならず、いわゆる出雲族は、物部氏に他ならないといいます。【投馬国】とは古代イスラエル人の書【ホツマツタエ】に通じます。ここで、以前調べた【白鳥族】のことを補足します。 

古代、白鳥をトーテムとする部族は欧亜にかけて存在しました。【白鳥族】は匈奴の中にいました。後の【匈奴】は自称【フン】Hu-unといいましたが、これはメソポタミアのウル語の【鳥】=【フ】huに起源しています。
彼らは鳥(フ)をトーテムとしていましたから民族名を【フン】と称したのです。そして、この鳥の【フ】は、3世紀、馬韓の長い王号の中に、濆(フ)、不(フ)、報(ホウ)としてありました。また高句麗では王妃部の絶奴部が、細群(さいぐん)と麁群(そぐん)に分かれていましたが、細群が【白鳥トーテム族】、麁群が【大角鹿トーテム族(スキタイ人)】でした。
いうなれば、白鳥トーテム族が匈奴に、高句麗に、馬韓に、いたのです。
-----------------------------終了
 
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