現代意識潮流を探る
262012 新たな関係パラダイムを認識し転換した企業が、勝ち残っていく時代
 
麻丘東出 ( 51 兵庫 環境コンサルタント ) 12/03/07 PM10 【印刷用へ
これまでの私有制度に基づく社会では、企業も個人も誰もが、私権(地位や財産)の獲得を目指して争ってきた。
ところが1970年頃、先進国(特に日本)では物的な豊かさがほぼ実現され、貧困の圧力が消滅したことで、物的需要が飽和限界に達し、お金や地位といった私権獲得に誰もが収束しきれなくなった。
そしてそうなると、私権収束⇒私権統合の社会が終焉し、共認収束⇒共認統合の社会、すなわち、人々が、状況を共認し、課題を共認し、役割や規範を共認し、それらの共認内容に収束することによって統合される社会に移行してゆく。(参照:実現論0_2_01 実現論0_2_06 実現論0_2_08

この状況は、経済に典型的に現れており、物的需要が飽和すれば市場は縮小するしかない状況にもかかわらず、無理やり物的需要を喚起するために、国は国債を雪達磨的に発行し続け、この40年間にわたり国家による資金注入という輸血装置によって生き延びている人工市場を形成してきた。この目先で誤魔化しの施策の結果、今や1000兆円の借金を抱える状態にまでなり、いつ国債が暴落して経済破綻が起こってもおかしくない状態にある。
その一方で、「もったいない」(参照:127361)という言葉に象徴されるように、物的欠乏から本源的価値を再生させていく意識が人々のなかから現れだしてきた。

またこのことは、日々の仕事、生活における関係の変化としても現れてきた。
例えば、私は建築の設計に関わっていますが、一昔前なら、建築は権力や相対優位性の象徴、快美欠乏を感じさせるもの、利潤の効率性など、私権価値を建築の形態・空間に結晶化させたものが評価されていた。それが、今では、その建物を利用する人同士の“共認充足の場”をいかに計画してつくったかの評価が上がっている。
また例えば、学校や塾など子供たちの勉強の場も、ひとりでは勉強意欲はわかないが、“友達と一緒に教えあったりして勉強する”ほうが、勉強意欲もわき楽しいという声も聞く。
また例えば、農業においても、単に販売されている農作物を購入し消費するのではなく、通常よりも購入する費用がかかっても、農業生産の場に“自ら参加する”農業体験の人気がでてきている。
また例えば、美容院や飲食店なども、技術や味などの質もあるが、それ以上に、そこでの店員との会話を通じて“一緒に充足できる”ことの評価が上がっている。

これらの事例からも、私権に価値を置いた「物的充足を与えられ消費する」ではなく、自ら当事者として参加し「互いに期待し応望し合い充足する」という共認充足に価値が置かれていることが、今や様々な場面で如実に現れだしており、それが社会の評価になってきている。

これまでは、企業は、いかに物的需要を充たす私権価値の商品を「生産者→消費者」という一方向の流れのなかで提供すればよかった。そして、その評価軸を土俵に企業間が競争していた。
しかし、人々の価値が「私権から共認」に転換した現在、生産者→消費者という一方向の構造は崩れ、購入者、利用者の当事者としての参加度をあげる企画・場の提供が生命を分ける。
なぜなら、共認とは、自ら相手の期待をつかみ、それに応え合う場を自らつくり、関係を構築してゆくことで、はじめて充足できるからだ。

つまり、企業と利用者が一体となって共認充足を与え合い生産する、更に言えば、利用者同士が主体的に関わり、期待し合い応え合うなかで一体となる共認充足を得る。そのような関係を築ける商品・場の企画が企業に求められているだ。

ここまでを踏まえれば、企業と消費者の関係も、これまでのような提供者と要求者という旧い分極した関係ではなく、生産と消費が一体となった『物的充足を与えてもらう関係から、共認充足を与え合う関係』という、新たな関係パラダイムが見えてくる。

そしてこの認識に気付き転換した企業が、これからは勝ち残っていく時代なのだ。
そのためには、『私権原理から共認原理』という時代の大転換を構造化した認識を、学び体得してゆくことが不可欠であり、それにより確信をもって行動に移していくことができる。

213622>『潮流3:’70年、豊かさの実現と充足志向』
生存圧力が衰弱し、物的充足が飽和状態に達した状況での新たな(=より大きな)充足可能性は、物的価値ではなく類的価値(人と人との間に生じる欠乏)の充足の中にしかない。そして、類的価値の充足とは、共認充足に他ならない。
 
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