日本人と縄文体質
260285 「もったいないだけではない」!命をいただくという認識=「いただきます」も世界に広めたい日本語
 
山澤貴志 ( 46 鹿児島 ITコンサル ) 12/01/07 PM05 【印刷用へ
先日、農園の感謝祭に参加して地域の食育活動をされている女性の方から、「もったいないだけではない」!命をいただくという認識=「いただきます」も世界に広めたい日本語だと教えていただきました。ネットで調べると、同じようなことをおっしゃっているサイトがありましたので紹介します。他の動植物の命をいただいていることに感謝するからこそ、もったいないという気持ちにもつながるし、それ以上に、いただいた命の分、また他の誰かの役に立ちたいという気持ちにもなるのですね。「食物連鎖は残酷」と一面的、否定的に教えるのではなく、食物連鎖=自然の摂理の中でいかされていることに感謝できるようにならないといけませんね。

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▽ 「いただきます」は日本の文化

 日常の暮らしの中でとかく大切なことを見逃してはいないだろうか。毎日の暮らしの中で心掛ければ、もっとこころ豊かな生活を身につけることもできる日常用語が少なくない。「いただきます」、「もったいない」、「お陰様で」の3つである。『広辞苑』(岩波書店)によると、以下の説明が付いている。
 *いただきます=出された料理を食べ始めるときの挨拶の言葉
 *もったいない(勿体ない)=神仏などに対して不届きである。過分のことで畏(おそ)れ多い。そのものの値打ちが生かされず無駄になるのが惜しい。用例「捨ててはもったいない」
 *お陰様で=相手の親切などに対して感謝の意を表す挨拶語
 しかし以上の広辞苑の説明は十分とはいえない。

 ここでは「いただきます」についてその本来の意味を考えてみたい。
 まず「いただきます」とは何をいただくのか。食事をいただく、と多くの人は考えているが、それだけでは十分な説明にはなっていない。正しくは動植物の生命(いのち)をいただくのであり、それに感謝する言葉である。
 さらにもう一つ、折角いただいたいのちを大切にして、生かしていくという意味も込められている。できることなら「世のため人のためにお役に立ちたい」と考えることである。利他主義の実践ともいえよう。

 「いただきます」に相当する英語は何だろうか。正解は、そういう英語はない、である。あえていえば、Everything looks so delicious.であろうか。しかしこの表現では日本語の「いただきます」に本来込められているいのちの尊重、感謝の心は浮かび上がって来ない。そういう意味でも「いただきます」は日本人の心であり、文化であると再評価し、大いに広めていく必要がある。

 私(安原)のささやかな体験を紹介したい。10年以上も前、曹洞宗の開祖、道元(1200〜1253年)の建立になる永平寺(福井県)を訪ねた折りのことである。次々と観光バスで乗り込んでくる観光客を相手にお坊さんが仏教講話を始めた。その内容は次のようであった。
 「皆さん、食事の前にいただきます、と言うでしょう。この意味はお分かりですか」と。あえて手を挙げて答えようとする者はいなかった。やがてお坊さんは言った。「動植物のいのちをいただくという感謝の気持ちの表れです。肉や魚はもちろん米や野菜にもいのちがあります。そのいのちをいただいて、そのお陰で人間は自らのいのちをつないでいる。だから食事はお陰様で、有り難い、という感謝のこころでいただくものではないでしょうか」と。
 私が「なるほど」と思い、注目したのは、この話を聞いた観光客たちの人波が老若男女を問わず、真剣な表情で大きく何度もうなずいていたことである。私はここに日本人のこころがあり、日本の文化があると納得した。

▽ いのちを尊重し、感謝すること

 このような「いただきます」の深い意味を理解することは、次のような認識と実践につながっていく。
(1)人間だけでなく、この地球上の動植物も含めた「生きとし生けるものすべてのいのち」を認識し、尊重すること。
(2)人間は動植物など他のいのちあるものとの相互依存関係の中で生かされていることを理解し、他者への感謝のこころが芽生えてくること。

 ところが第二次大戦後のモノとカネの拡大を追求する高度経済成長時代、さらに飽食、つまり食べ物がありあまる中で多くの日本人はこの「いただきます」という言葉がもつ深い意味(含蓄)が理解できなくなってしまった。食べ物のいのちに無頓着になれば、やがて人間のいのちの軽視へと走るのは避けがたい流れである。20世紀末以降、いとも簡単にいのちを奪う凶悪犯罪が目立つのは、以上のことと決して無関係ではないだろう。

 ここで「いただきます」に関連して食べ残しの問題を考えたい。
 家庭の台所ごみの中の残飯、さらにファミリーレストランなど外食産業での残飯は日常的光景である。お客の半分の人が食べ残しをするというデータもある。この食べ残しは何を意味するのか?
 何よりもいのちの軽視である。
 食べ残しを平然と行う人は、「いただきます」の含蓄が分からないだけでなく、食事前に唱えたこともないのだろう。食べ物にはいのちが宿っていることを考えれば、食べ残しはそのいのちを粗末にすることである。

 仏教に不殺生戒、つまりいのちあるもののいのちを奪ってはならないという戒めがある。しかしそのいのちをいただかなければ、人間は自らのいのちをつないでいくことができない。これは大きな自己矛盾である。どうしたらいいのか。
 まず必要以上のいのちの殺生をしないことである。むさぼる貪欲(どんよく)を否定し、「これで十分」と心得る知足(足るを知ること)に徹する必要がある。もう一つ、だからこそ感謝のこころを抱いて食べ物のいのちをいただくという姿勢が大切となる。
 
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『生きる力を育くむ教育』〜日本語の力(2)「いただきます」に込められた日本人の想い〜 「感謝の心を育むには」 12/04/21 PM03

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