歴史
258892 石渡信一郎 と お盆 についての考察
 
むらかみからむ ( 40 広島 自動車 ) 11/11/22 AM01 【印刷用へ
古代史 読み始め 3年。 石渡信一郎論の信者になって 1年半。
 そして 失礼ながら ネットで宣伝させてきてもらいましたが 
 先日きっと違いないと確信したことがあったので書かしてもらいます。

さすがに百済滅亡の年は660年であることは頭に焼付いてました。
 しかし その日が7月13日であることは 意識の中から消えていました。
 ところが、先日 百済紀の中で 涙なくして読めないといわれる
 『今日で祖国は無くなった。ご先祖様の墓参りに行けなくなった。』
 を改めて読んだ時、祖母の墓参りをしばらくしてないこと反省しました。
 そして なぜか急に 祖母が亡くなった年のお盆のことを思い出しました。
 8月13日の夜 祖母の写真が小さな漁村の盆祭りの会場に飾られ、
 その周りで 集落の人たちが踊っていたことを。確かに あの時 私は
 『やさしかった ばあちゃん ありがとう そして さようなら。。』と 心の底から供養していた。
 ご先祖に感謝し そして決別を 宣言していました。

それで 小学2年生の少年をして 先祖に感謝・決別させたお盆について
 調べてみました。そして驚きました。 お盆とは、
 旧暦では 7月13日から16日にかけて行われる祭り。
 仏教で 釈迦の弟子の先祖供養がその起源。 
 ただし、仏教の教えでは説明しきれないことも多い。

私が確信したことがわかりますか?
 百済滅亡の日西暦660年7月13日こそ 大和民族のお盆の起源に違いない。
 お墓参りが出来なくなった亡国の民にとって 7月13日は特別な日だった。
 年に一度だけは ご先祖様に 海を渡って やってきてもらい 祭ったのですね。
 そういえば お盆最終日 京都での五山の送り火に船型が在りますよね。
 ご先祖様が百済に帰るための船だ と考えるのは 石渡信者すぎますか?


ちなみに 石渡論とは

日本古代史の中で 石渡信一郎&林順治氏の 『倭韓交差王朝説』は
きわめて理論的な説であると思いますが、どうして、異端説 扱いなのでしょうか?
(注:私は石渡教授&林先生と呼びます)
(注:私は 倭は韓(=百済)を通ってきた と考えたいので 倭百済通過説のほうがいいかもしれないと思いますが。。。)

『倭韓交差王朝説=倭百済通過説』とは
@崇神は加羅から渡来し、九州のヤマタイ国を滅ぼし、350頃、纏向に第1倭国『加羅(南加羅))』を建て、箸墓に眠る。
A5世紀の中国に遣使した倭国王『讃珍済興』は 崇神の子孫になる。大きな前方後円噴に眠る。
B昆支と余紀は百済の蓋鹵王の弟。ともに崇神王家の済(ホムタマワカ)に入婿。昆支は応神になる。余紀は継体になる。
C応神は倭国王武として宋に遣使。491年に第2倭国『大東加羅(あすから=飛鳥ら)」を建てた。八幡大名神になった。
D継体は仁徳陵に眠る。仁徳から武烈の間は架空天皇。継体の息子の娘の石姫は欽明との間に敏達を生む。
E欽明は応神の息子で 531年継体の息子を討つ(辛亥の役)。ワカタケル大王となる。蘇我稲目と同一人物。
F蘇我馬子と用明と聖徳太子の3名は同一人物で、欽明の息子。隋に遣使したアメノタリシホコのこと。
G蘇我蝦夷はアメノタリシホコと敏達の娘の貝蛸(フツ)姫との息子。子の入鹿とともに天皇。崇峻、推古、舒明、皇極は架空天皇。 
H馬子に殺された物部守屋は敏達の息子の押坂彦人大兄と同一人物。その息子が天皇になれなかった田村皇子。
I天智も天武も田村皇子の息子。但し、異母兄弟。天武の母は馬子(聖徳天皇)の娘で 天武は古人大兄と同一人物。

以上 10個は私の子供(小5)はウソだウソだと言っており、確かに、驚くべき説で、
内容も難しく、すぐには理解できないもの(特に記紀信者には)ですが、
石渡教授が論理的に証明された真実です。

ただちに、石渡教授は東大か京大の日本古代史の教授に推挙されるべきです。
そしてこの『倭韓交差王朝説=倭百済通過説』で 3から8世紀の日本史の教科書は書きかえられるべきです。
私の子供もウソをマークシートしなければいけない不幸をだれか救ってください
どうして、当たり前のことが、できないのでしょうか??
 
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