日本人と縄文体質
258890 朝鮮半島の歴史3〜新羅の成立と歴史〜
 
彗星 ( 中年 ) 11/11/22 AM01 【印刷用へ
【百済の会アカデミー:歴史講座「百済と百済王」】の『第1部半島古代史の中の百済 百済の成立と三国時代(リンク)』より転載します。
新羅は、三韓の辰韓から生まれた国家で辰韓は12カ国の部族連合であったとのことでした。記事中で北方からの移民とありますがツングース系の住民と思われます。ツングース系と韓族の混血が新羅の成立過程との説があります。百済と敵対し、滅亡させ半島を統一することになった国です。その成立過程をご紹介します。
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(3)新羅の成立
新羅は日本ではシラギと呼んでいますが、韓国ではシラまたはシルラです。日本の呼び方は新羅の後に城を付けて新羅城(シラギ)としたものと考えられます。三国の一つ新羅はどのようにして興り発展したのでしょうか。
@ 辰韓の斯廬
新羅は朝鮮半島の東南部の慶州平野を中心としたところに発展した辰韓12国の一つ斯廬から始まりました。慶州平野は兄山江に沿い山に囲まれた幅1km長さ10kmという狭い土地ですが、土地が肥えていて農耕に適しており、そこに6つの村落があって連合して斯廬を形成していました。斯廬は社会的にはかなりの発展をしながらも、地域としては半島東南部の偏ったところにあるため、4世紀半ばまでは対外的な活動は殆ど見られませんでした。
斯廬の建国神話として朴赫居世の物語があります。「斯廬6村の人々が閼川(アツセン)の岸辺に集まって会議をしていると、楊山の麓の林の中に光と共に白馬と大きな卵が舞い降り、卵の中から神童が生まれた。その子は赫居世(光輝く子)と名付けられて斯廬の始祖王となった。」
この神話によると、斯廬において既に6村共同体の合議制が確立していて、そこに赫居世が指導者として立てられたものと考えられます。地域的に隔絶していた村落共同体の中に、古朝鮮が滅亡した頃から北方より移住民が流れ込み、中国の先進的文化をもたらしました。赫居世はそのような移住民の中の有力者であり、鉄器により農耕の高度化を行うなどの施策によって支配者にのし上がったのではないかと考えられます。
斯廬の支配者は居西干(コソガン)・次次雄(チャチャウン)と呼ばれました。居西干は首長を意味し、次次雄はシャーマンです。このことは首長がシャーマン的な性格を帯びていたことを意味します。この地域の村落共同体ではまだ政治的・軍事的なリーダーを必要とせず、交易を通じた資源の再分配と祭祀儀礼を通じた共同体の結束が重要だったことを表しています。
A 斯廬から新羅へ
赫居世の朴氏が支配者となった斯廬に、東海岸付近から来た脱解(タレ)勢力(昔氏)が支配者層に加わります。そして王位は朴氏、昔氏と土着の金氏の3氏が交替で担うようになります。この間に斯廬は次第に勢力を強めて周辺にある小国を征服しながら発展します。更に東海岸の蔚山を征服し、これによって海路が開かれて中国や倭国との交流が進展していきます。また洛東江の流域にも進出して領土の拡大を図ります。
その過程で6村の連合体制が6部の統合による貴族体制に変わり、17代の奈勿王(356〜402)の時代からは王位を金氏が独占するようになります。この名勿王の時代に新羅という国名に変えられたのではないかと考えられており、国際的に新羅の名が見られるようになります。新羅が377年と382年に辰韓諸国を代表して中国の前秦に朝貢したことが知られます。この頃(399年)に倭が新羅に侵入し戦ったことが、高句麗の広開土王碑文に書かれています。
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