日本人と縄文体質
258650 漆と縄文文化A
 
新聞会 11/11/14 PM01 【印刷用へ
引き続きねずきちの ひとりごとリンクより転載します。
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いまから8000年前には、灌漑農業による稲作を行っていた日本人は、7300年前のアカホヤ大噴火をきっかけに、大型の魚を釣り上げる沖合漁業をはじめた。
その結果、海難事故に遭った日本人が、朝鮮半島の東側にたどりつき、そこで生活をしはじめた。

12000年前に、朝鮮半島には人が住まなくなったと書きました。
そしていったん禿げ山となり、人が住めなくなった土地に、ふたたび樹木の茂った緑の山々が戻るまでには、数千年の時が必要です。

つまり、7000年前頃には、朝鮮半島にも緑が戻っていた。
そこに流れ着いた日本人達は、そこに定住し、徐々に人口を増やし、そして日本と行き来もするようになる。
こうして朝鮮半島に、再び人が住む時代がやってきます。

そしてこの人達は、何百年かの時を経て、支那の揚子江の流域に住むモンゴロイドたちと出会います。
彼らは同じモンゴロイドである揚子江流域の人々に、漆や土器、稲作を教え、そこで暮らすようになる。

もうひとつ大切なことがあります。
日本における縄文時代というのは、今から約1万7000年前(紀元前145世紀)ごろから、3000年前(紀元前10世紀)頃まで続いた文化の時代を指します。
日本国内で、この縄文時代の遺跡というのは、全国で数千カ所発見されていますが、そのどの遺跡からも、「世界中でどこの古代遺跡からも必ず出土しているのに、日本の縄文時代の遺跡からはまったく出土していないもの」があります。

何かというと、対人用の「武器」です。
人が人を殺すための「武器」が、日本の縄文時代の遺跡からは、まったく出土していないのです。

もちろん、矢じりや石斧、石包丁のようなものは数多く発見されています。
けれど、その矢じりはとても小さく、ウサギやたぬきを狩るための道具としては使えても、とても対人間用に使えるようなシロモノではない。

石斧も同じです。
柄が細く長くて、斧の先端の石が小さい。
こんなもので人をひっぱたいたら、柄の方が折れてしまって、戦闘用にはまったく役にたちません。

もっといえば、縄文式土器です。
縄文土器は、細工が細かく、秀麗な装飾が施してあることは、みなさんご存知の通りです。
このような丁寧な細工というのは、戦乱の世の中では、なかなか発展するものではない。
長く続く平和な時代、戦乱と縁遠い社会があってはじめて熟成されるものです。

ともあれ、日本の縄文時代の遺跡からは、対人用の武器がまったく発見されていない、というのは、きわめて注目に値する事実です。

古来、農作業、それも灌漑農業というのは、人々の集合体としての協力関係があってはじめて実現できるものです。
なぜなら、灌漑農業のためには、水をひくための水路が必要だし、みんなで協力してそれを作るだけでなく、日頃から水を汚さない、大切するという文化が必要です。
戦乱は、水路を壊すだけです。

しかも灌漑農業ともなると、水位そのものを上げたり下げたりという高等な技術が必要です。
これも、村人たち全員の協力体制が整って、はじめて実現することができる。

そうした中にあって、人々が殺しあったり奪い合ったりするよりも、むしろ逆に、互いに協力しあい、助け合うという文化を熟成していったというのは、ごく自然なことです。
そして、武器を持って粋がるよりも、手にスキやクワを持ち、みんなで協力しあって額に汗して働くことに生き甲斐や意義を見いだす。
そういう文化が日本古来の文化として育って行ったというのも、ごくごく自然なことです。

武器よりも道具を、奪うことよりも働くことを、殺すことよりも助け合うことを大切にする文化。
その文化のもとに、水耕栽培が開発され、アカホヤの大噴火を契機としてこれが朝鮮半島に、そして揚子江の流域の河姆渡(かぼと)に伝播した。

なるほど支那で発見されている古代のイネは、日本よりも古いものはあるけれど、そのいずれもが陸稲の香味米であり、灌漑農業を必要としないものです。
そして甘みの強い日本産の水稲は、むしろインドのタミール地方から、マレー、フィリピン、琉球諸島を経由して海洋ルートで日本に渡来したというのは、最近のDNAの研究から明らかになってきていることです。

さらに続けます。
おもしろいことに、河姆渡(かぼと)遺跡をはじめとする、支那の揚子江一帯にある水稲栽培や漆の遺跡ですが、ここでも、初期の頃の遺跡群からは、対人用の武器が発見されていない。
さらに住居は、農作物を守るための高床式住居であり、このあたりも7000年前頃の日本の縄文遺跡群と酷似しています。
つまり、日本の縄文文化が、揚子江流域にまで伝播したと思わせる痕跡が多数あるのです。

ところが、それから千年ほど経った、いまから6000年ほど前のことです。
黄河の流域に、黄河文明が誕生します。
こちらは竪穴式住居です。
そして大型の動物を狩る武器(もちろんそれは対人用にも使えます)が多数出土しています。

おもしろいのは、この黄河文明の遺跡から出土する人骨で、鑑定の結果、どうやら黄河流域に住み着いた黄河文明人たちは、モンゴロイドではない。
では何かというと、これがコーカソイドです。
つまりヨーロッパ系の白人種です。

彼らは、狩猟採取民族です。
大型の武器を操り、集団で大型動物を狩る。もちろんその武器を使って他の村を襲い、食料や女を奪います。
そしてある日、彼らは、長江流域に住むモンゴロイド達と出会う。

長江流域のモンゴロイドは、武器を持たず、農業を営む人達です。
武器を持たず、抵抗力のない人々の前に、武器を持ち、奪うこと、殺すことを生業とする人達が現れたらどうなるか。
食料は奪われ、農地は荒らされ、女は連れ去られ強姦される。

こうして2000年の時を経て、長江文明は政治的、文化的に完膚なきまでに黄河人たちによって滅ぼされます。
ある者は、村ごと支那の奥地に逃げ延びた者たちは、支那の少数民族として太古の縄文時代そのままの生活を営んだ。

おもしろいことに、こうした支那の奥地に住む少数民族というのは、日本の縄文期の人々と同じ模様、同じ風俗のカラフルな装飾をほどこした布製の衣類を身にまとい、顔立ちも日本人そっくり、しかも武器をもつことよりも働くことに生き甲斐を見いだし、言語の語順も支那語と異なり、日本語と同じです。

長江文明を滅ぼしたコーカソイドの黄河人たちは、長い年月の間に、強姦によってモンゴロイドと血が混じります。そして人口の違いによって、外観はモンゴロイドに酷似するようになった。

長い年月、武器を持った黄河人たちに奪われ、殺された長江人たちは、ただ殺されるままになっていたとは思えません。
中には、進んで武器を研究し、果敢に戦った人達もいたであろうというのは、容易に想像できることです。

そして戦いはいつしか大きな集団戦となり、武器も大型化し、新たな武器が次々と開発され、支那は春秋戦国の時代を迎えることになります。
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続く
 
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258757 衝撃!黄河人は(古)コーカソイドの末裔? 山田真寛 11/11/17 PM10

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