実現論を塗り重ねてゆく
258352 10/30なんでや劇場6 影に隠れて暴走してきた金貸しの支配が明るみになった
 
冨田彰男 ( 48 兵庫 経営管理 ) 11/11/06 AM00 【印刷用へ
●金貸しが決して社会の表には出てこないのは、何故か?

社会の表に出ないのは金貸しが最初ではない。最初は官僚である。
王は戦争に対する大衆の防衛期待を受け、教会も大衆の救い期待を真正面から受けるが故に社会の表に出ざるを得ないが、官僚が社会の表に出てきたことは歴史上一度たりともない。

官僚支配になったのは大衆の秩序安定期待が高まったからだが、その期待は王が一身に引き受けることになる。そして、法制も王の名の下に施行される。

ところが、官僚は王を奉り、王を大衆の矢面に立たせながら、自分たちは大衆から責任を問われることのない位置に隠れており、その陰で法制化に伴う莫大な利権という旨い汁を吸い続けてきた。

この構造をはっきりと見抜いて、自分たちの責任逃れと利権の拡大に応用したのが商人(金貸し)である。
歴史上、金貸し自身が大衆の矢面に立った例はない。そして、裏では王や政治家を操っておきながら、その責任は全て王や議会に押し付けてきた。

それでも中世までは、官僚も金貸しも下手をしたら王によって首を切られることはあった。ところが近代以降は、王はいたとしても本当のお飾りで、王から首を切られる心配はない。議会や官僚も金貸し自身が支配している。

こうして、金貸しは上(王)からも下(議会や官僚)からも責任が問われることは全くない仕組みを作り上げてきた。大衆についても金貸しが支配する学者やマスコミが共認支配しているので、大衆から金貸しに追及の声が上がることはこれまでなかった。
つまり、近代の制度では金貸しの暴走に対する歯止めが完全に欠落している。だからこそ、地球をとことん破壊するに至るまで金貸しは暴走し続けてきたのである。

ところが、'00年に入って以降、ついにこの構造が白日の下に晒されようになった。

'70年貧困が消滅したことによって私権が衰弱し始め、資本主義=金貸し支配は終焉を迎えている。金貸したちの危機感は尋常ではないだろう。
何とかして終焉から逃れようとして、金貸したちは、マスコミや法制支配を始めとする全権力を行使して、やりたい放題の暴走を加速させてきた。

とりわけ、'00年以降の金貸しとその手先たる特権階級の暴走は目に余るものがあるが、彼らが奇麗事の衣装を脱ぎ捨てて暴走すればするほど、その正体が誰の目にも明らかになってゆく。さらには、追い詰められ生き残り競争に突入した金貸し同士が、互いにリーク合戦を繰り返せば繰り返すほど、地球破壊や経済危機の真犯人が金貸し支配にあることが、誰の目にも明らかになってきたのである。

このように近代社会を裏で牛耳ってきた金貸しが早晩終焉を迎えることは明らかである。問題は、お上捨象=社会捨象でこれまでモノを考えたことのなかった日本人が、いつ考え始めるのか? それが次の重要なテーマである。
 
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新しい潮流1 社会捨象→不全捨象の充足基調(’70・’80年代)
新しい潮流2 私権統合の崩壊と社会収束の潮流(’90・’00年代)
新しい潮流3 社会不全⇒認識欠乏の蓄積
新しい潮流4 言葉それ自体が引力を持ち得ない時代
新しい潮流5 実現派は仲間収束から社会収束へ
新しい潮流6 解脱仲間から認識仲間への逆転
仲間圧力と認識仲間
新しい潮流は、新しい人間関係を必要としている
市場社会の、カタワの「集団」
本当は、「集団」に入ったのではなく、社会に出たのだ
古い人間関係は、影が薄くなるばかり
関係パラダイムの逆転1
関係パラダイムの逆転2
活力源は、脱集団の『みんな期待』に応えること
収束不全発の適応可能性の探索、その深くて強い引力
充足基調から探索基調への転換
'90年代の危機感と変革期待の行方
秩序収束と答え探索の綱引き
潮流2:戦後日本の意識潮流
潮流3:’70年、豊かさの実現と充足志向
潮流6:’95年、私権原理の崩壊と目先の秩序収束
潮流9:経済破局を突き抜けてゆく充足・安定・保守の潮流
今後10年間は充足⇒活力を上げれば勝てる 
「日本人はいつ物を考え出すのか?」(1) 共認充足が最大の活力源。'10年代はそれだけで勝てる
市場時代の共認非充足の代償充足⇒解脱(芸能)埋没
'70年〜現代 収束不全⇒本能的な秩序収束⇒課題収束⇒認識収束
現代〜近未来 対象への同化こそが新しい認識を生み出す
大学生が授業に出るのはなんで?
「やりがい」に潜む社会的欠乏
カリスマ 〜自分たちが共認できる価値観への評価収束〜 
仲間収束 2:一人でできない子
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『必要か否か』が環境問題に対する基底的な答えになる
芸能か、認識形成か

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