日本を守るのに、右も左もない
257980 必要なのは成長政策ではなく、ゼロ成長で何をすべきかという新しい発想
 
田野健 HP ( 51 兵庫 設計業 ) 11/10/25 AM03 【印刷用へ
縄文ブログのメールマガジンに以下の投書が紹介された。
考えさせられる点があるので転載させていただきました。
紙面の都合で一部割愛させていただきましたが、私はこの方の国の成長戦略に対する違和感に同感です。
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>必要なのは「成長戦略」ではなく「衰退対応戦略」である

以前、松下幸之助氏が、万物は常に生成発展するが、人間が年をとって衰えるのも一つの生成発展の姿だというようなことをいっておられるのを読んだ。その時は何かおかしな感じがしたが、今は本当にその通りだと私は考える。物事が段階ごとに変容していくのが、自然の理であり、それを生成発展というならば、人間が人生の過程で成熟し、衰えるのも生成発展の姿である。

その意味では国家やある文明の衰退も一つの生成発展の姿だと考えられる。なぜ、私はこんなことをいうかというと、この所、私は、政府の「成長戦略」とかいうようなものに非常に疑問を感じるからだ。正直、私は「成長」という言葉に最近、非常に抵抗を覚えている。菅内閣の頃から、私はこの言葉を聞くたびにうまく言葉に出来ない違和感をモヤモヤと覚えていた。そして、今や、私は現在の日本には「成長戦略」など要らないと考えている。

そもそも、経済も人間も必ず、いつでも「成長」し続けなければならないものであろうか。この場合の「成長」とは単純な目に見える、数字で確かめられるものだ。ものが大きくなって拡大していくという意味での「成長」である。人間の体もある年齢までは大きくなるがその後、成長はとまり、成熟し、さらに年をとれば衰える。だが、人間も、年齢を重ねれば衰えることばかりかといえば、そうではなく、人生経験に基づく深い洞察力や見識が備わってくる。これは若いときに単に知識量が増えるという「成長」とはべつものだ。
(中略)

また、明治以降、日本は急速な発展をしたが、それも政治体制が変わり、遅れた産業革命が起こり、欧化政策によって近代化することを迫られたからである。黒船襲来という危機によって目覚めた幕末・明治の偉大な先人達は、相当な危機感をもって国づくりに励んだわけである。だが、これも、遅れていた状態から進んだ状態になるという明確な目標があったので、ある意味においては、(ある時期までは)、無理をしたから成功したのではなく、自然に発展すべき段階に成長したのである。

翻って今はどうか。ある程度のものは既に整ったのだから、成長は止まって当然である。成長しないのが当たり前なのだ。勿論、科学技術などは日々、進化するし、新しい技術等は日々、開発される。そういう意味においては、常に新しくなり続ける分野もあるにはある。だが、社会全体の活力、国全体の活力というものは、多少、新しい技術が世の中に現われたからといって、劇的に復活するものではない。

そう考えると、現在の日本の政治にとって大事なことは、この状況にどう無理なく対処するのかということであり、成長戦略を考えることではないと思う。成長戦略は、(勝手に)成長する素地がある状況を前提に、より良い、質の高い成長をさせるための戦略であり、全体が衰退する時に立てるものではない。

(中略)

いわば、衰退への対応政策というか、衰退という言葉にどうしても抵抗があれば、成熟期への対応政策が大事である。今は、これ以上、成長しよう、また成長しなければならないという発想を捨てることのほうが大事なのではないだろうか。この認識をもつところからしか、日本のこれからはあり得ないというのが私の考え方だ。

そもそも成長しないのに、成長をしようと思えば、無理が出てくる。今、現にある、充分なものを壊して、そこに需要を生むしかないからだ。単純にいえば、また戦争で日本中全てのものが焼ければ、昭和の戦後と同じ大成長時代が来るだろう。ない需要を無理やり作ろうと思えば、全てを破壊するしかないからだ。実際、世界の国々の栄枯盛衰をみても、戦争による大規模な破壊があって、復興があり、そこで成長し、ある程度でそれが終わった後は、成熟し衰退するというプロセスをたどっている。人為的に大規模な成長を望むなら、大いなる破壊が大前提になる。

その意味では、一旦、成長が止まり、国内が煮詰まり、短期的な衰退に向かう時の舵取りこそが政治にとって一番、難しいものであると思う。日本の近現代でこれに成功した政治家は未だにいないのだ。こういう局面自体が五〇年から六〇年に一度くらいの波で来るので、時の指導者にとってはいつも、常に「初めての経験」である。だが、歴史を研究すれば、穏やかに衰退に対処できた国家と、決定的な破壊にまで突き進んでしまった
国があることに気づく。私は今の日本は、穏やかに緩やかに衰退に対処する方法を考えるべきであると思う。
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投稿者は成長と衰退或いは成長と成熟という言葉を対比させているが、この記事で最も重要な視点は”成長しなければならない”という発想を捨てる事から始まるというくだりである。この場合の成長とは経済的にとか国力としてなどの国家戦略である。
むしろこの発想をばっさり捨てて、ゼロ成長、マイナス成長の中で何ができるか、何をするべきかという発想で国の舵取りをしていくことがこれからの政治には求められる。そしてそれはこの方が言うようにかつて誰も試みてこなかった初めての経験であり、新しい認識が必要になる。
もっと言えば、その先に在るのが本当の意味での国家の成長であり、人間のレベルアップ(進化)なのだと思うのだが・・・。

だからこの戦略を命名するとしたら衰退戦略ではないように思う。
あたらなステージへと上がる新成長戦略と呼ぶべきかも。
 
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