実現論を塗り重ねてゆく
257170 東日本大震災から半年が経って〜21世紀未来像の欠如と地域再生の混迷が浮き彫りになる@
 
石敢當 ( 30 神戸 ) 11/09/28 AM11 【印刷用へ
東北被災地の復興、そして私たち自身の未来社会のあり方について、今までの歴史観や経済学を見直し、新たな未来社会論の構築の必要が提言されています。

里山研究庵Nomadoより、以下本文転載
リンク
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東日本大震災から半年が経って

 21世紀未来像の欠如と地域再生の混迷

    ― 上からの震災復興を許す土壌 ―

               2011年9月18日

                小貫雅男
                伊藤恵子

             (加筆・改訂2011.9.22)

はじめに
 東日本大震災から今日で半年が過ぎた。私たち自身の社会が長い歴史の積み重ねの中で抱えてきた思想的・理論的負の遺産についても、いよいよ本格的に目を向けていかなければならない時に来ている。
 
 一九世紀、偉大なる時代の変革者たちにとって、歴史観の探究とその構築(歴史学研究)は、経済学研究の導きの糸であった。その意味で、歴史観の構築と経済学の研究は、紛れもなく車の両輪となっていたのである。
 
 こうした包括的で全一体的な研究の成果から自ずと導き出された一九世紀の未来社会論は、一九世紀から二〇世紀に生きる人々にとって、それがどんな結末をもたらしたかは別にしても、その行く手を照らし出す光明となって、確かにある時期までは夢と希望と目標を与え、現実世界を動かす力となっていたことは、間違いのない歴史的事実であろう。
 
 二〇世紀も終わり二一世紀の今、私たちは、3・11の巨大地震と巨大津浪、東京電力福島第一原子力発電所の大事故という未曾有の大災害を境に、社会が大きく転換する時代の奔流の真っ直中に立たされている。精彩を失ったかつての未来社会論にかわる21世紀の私たち自身の新たな未来社会論を今なお探りあぐね、人々は、不確定な未来と現実の混沌と閉塞状況の中で、明日への希望を失っている。まさに今日、二一世紀を貫き展望するに足る未来像の欠如こそが、東日本大震災の被災地の復興のみならず、日本のすべての地域再生の混迷※ にさらなる拍車をかけ、そこに生きる人々を諦念と絶望にさえ陥らせようとしている。この地域の現実と労働の現場に気づかなければならない。私たちは、いつ止むとも知れぬ暴風雨の荒れ狂う大海を羅針盤なしの航海を続け、さ迷っているといっても過言ではない。
 
 こうした時代認識に立つ時、新たな未来社会論の構築に先立って、今、何よりも切実に求められているものは、新たな歴史観の探究である。それはとりもなおさず、大自然界の摂理に背く核エネルギーの利用という事態にまで至らしめた、一九世紀以来の近代主義的歴史観に終止符を打ち、二一世紀の時代要請に応えうる新たな歴史観を探究することであろう。そして、新たに構築される歴史観と、そこから自ずと導き出される新たな経済学ならびに「地域研究」とを両輪に、21世紀の未来社会論は確立されていくのである。この探究の道のりは、たやすいものではないが、自然、社会、人文科学の諸分野の垣根を越えた真摯な対話によって、道は次第に拓かれていくにちがいない。

 それにしても、大自然界と人間社会をあらためて統一的に捉え直そうとするならば、宇宙、地球、生命の存在とその生成・進化を貫く自然界の「適応・調整」(=自己組織化)の原理が、私たち人間社会にも、その普遍的原理として基本的には貫徹していると見なければならない。
 
 しかし、人類は大自然の一部でありながら、他の生物には見られない特異な進化を遂げ、ある歴史的段階から人間社会は、自然界の原理とはまったく違った異質の原理、つまり「指揮・統制・支配」の原理によって動かされてきたことに気づかされる。人間社会の業の深さを思い知らされるのである。
 
 今こそ広大無窮の宇宙の生成・進化の歴史の中で、あらためて自然と人間、人間と人間の関係を捉え直し、私たち人間の存在形態を根源から問い直す必要がある。そして、市場競争至上主義「拡大経済」下の今ではすでに常識となっている現代賃金労働者という人間の存在形態とは、一体いかなるものであるのか、生命の淵源を辿り、人類史という長いスパンの中でもう一度、その性格と本質を見極め、その歴史的限界を明らかにしなければならない。現代賃金労働者という人間の存在形態を暗黙の前提とする近代の思想と人間観が、当初の理念とは別に、現実生活において結局は人々をことごとく拝金・拝物主義に追いやり、人間の尊厳を貶め、人間の生命を軽んじてきたとするならば、今こそそれを根本から超克しうる「生命本位史観」※※ ともいうべき二一世紀の新たな歴史観の探究に着手しなければならない時に来ている。
 
 その新たな歴史観の探究は、まさに諸学の革新の大前提となるべき学問的営為であるが、その状況は、時代が求める切実な要請からはあまりにも遅れていると言わざるをえない。しかし、この営為を抜きにしては、今日求められている本当の意味でのパラダイムの転換はありえないのである。
 
 私たちは、分野の別を問うことなく、まずはできるところから取り掛かり、ひたむきに試行錯誤を重ねていかなければならない。このことが、今、私たちに突きつけられた差し迫った課題となっている。
 
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7.情報中毒による追求力の異常な低下とその突破口
8.大衆支配のための観念と、観念支配による滅亡の危機
9.新理論が登場してこない理由1 近代観念は共認収束に蓋をする閉塞の元凶となった
10.新理論が登場してこない理由2 専門家は根本追求に向かえない
11.学校教育とマスコミによる徹底した観念支配と、その突破口(否定の論理から実現の論理への転換)
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