実現論を塗り重ねてゆく
257073 9/18なんでや劇場6 旧観念を廃棄してはじめて新理論が構築できる
 
冨田彰男 ( 48 兵庫 経営管理 ) 11/09/25 AM00 【印刷用へ
「学者や官僚(司法を含む)や物書き(ジャーナリストを含む)は、その近代思想を飯のタネにしているので、その思想=旧観念を捨てることが出来ない。もし捨てれば、何も書けなくなり、たちまち、その地位を追われる。」とあるが、小説家をはじめとする物書きは自由にモノを考えられるのでは?という疑問が出た。

しかし、人間の思考は何でも360度の方向に自由に考えられると思うのがそもそもの間違いで、人間の思考はその時代の認識パラダイムに規定されるものである。

例えば、ルネサンスでは全ての作品が本能・欠乏の発散という方向に向かっている。中国の春秋戦国時代の諸子百家と言えども同様で、老子→道教のような「無為自然」の思想も登場したが、これとても儒教を中心とする国家統合系の思想に対するアンチ思想にすぎない。これはヨーロッパのルネサンス思想は欲望抑制系のキリスト教(序列秩序)に対するアンチであるのと同じで、違った思想に見えても旧思想に対するアンチの新思想というパラダイムの軸上でしか思想は存在していない。そこから外れたものは人間の頭では何も生み出せない。

現在は近代の市場拡大という旧パラダイムが崩壊し、欲望拡大の可能性はもはや存在しない。本来、新しいパラダイムを導く新理論が登場してもおかしくないはずである。

但し、市場拡大パラダイムが崩壊し始めたのは'70年頃の貧困の消滅以降の話であって、未だ40年しか経っていない。新しい思想や理論が登場するのに何年かかるのかという問題がある。新理論を構築するには最低50年〜100年くらいかかるのかもしれない。

岡田淳三郎氏は既に45年前、新理論の必要性を明確に自覚していた。その当時の背景として、'60年安保闘争以降、大衆の思想に対する関心は衰弱する一方で、無思想・無関心が広がっていた。大衆が運動に冷めているのに、古い思想を繰り返しても無効であるというのが、岡田氏の最初の問題意識である。

その個人的な理論構築過程から云えることは、頭の中に近代思想しかない所で新理論をつくることは無理であること。そのためには一旦、全ての観念を廃棄する必要があった。それくらいの実験をしなければ新理論は構築できなかったであろうということ。

つまり、全面的に旧観念を捨てて、ゼロから新理論を構築する必要があるということだが、旧観念で飯を食っているプロ(専門家)にそんなことは出来るはずがない。彼らプロは新しい認識を創出することができないorその資格がないということである。プロの一種である物書きたちも同様で、実際、映画であれ小説であれ音楽であれ、その無内容化が年々すすむ一方である。

逆に言えば、プロ(専門家)ではない素人であるからこそ、新理論を構築する可能性があるのであって、旧観念が頭の先っぽにしか残っていない若い世代であれば、新理論を提起されれば素直に吸収し、それを元に更に新しい理論をつくってゆくことも可能である。中年世代の経営者であっても、新理論VS旧観念の価値対立は孕むが、旧観念を新理論に塗り替えれば終いなので、決して不可能ではない。

※この節で「この社会を統合してきた学者や官僚やマスコミが、何の答えも出せず、まったく機能しなくなったからこそ、社会は全面閉塞に陥り、その果てに全面崩壊の危機に立ち至った」として、政治家が入っていない。それは、「政治家が悪い」というのは学者やマスコミがが主張し続けてきて今や当然のこととみなされているからであり、政治家より学者・マスコミの方がより悪質だからである。また、学者や官僚やマスコミは試験に合格しさえすればその地位が終身安泰であるのに対して、政治家は不完全ながらも選挙の洗礼を受ける、一種の交代制だからである。いずれ社会統合機関は交代制になるのであって、その点から言っても政治家は比較的マシな方である。

それに対して、本当に悪いのは学者や官僚やマスコミである。大衆を法制支配しているのは官僚であり、共認支配しているのはマスコミであるが、とりわけ、官僚やマスコミが依拠する観念内容を与えている学者こそ、社会閉塞の真犯人である。しかも、官僚やマスコミにはそれなりの共認圧力はかかっているが、学者たちには未だに圧力がほとんどかかっておらず、相変わらず罪の意識は欠片もなく生きている。最も犯罪的な人種である。
 
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